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        2011-05-03        アニフェスト(チェコ・テプリツェ)雑感

CALFプログラムがあったニッポンコネクションとアニフェスト参加を経て、今プラハにいます。DVDショップを回ってみたのですが、チェコ国産のアニメーションはあまり置いてありません。『ポムネンカ』のDVDを入手できたのは嬉しかったのですが、他にはゼマンが2枚、『ぼくらと遊ぼう!』などポヤルが数枚、あとはテレビシリーズがちらほら、という感じで寂しい限りです。日本のDVDショップの方がよほど充実しているという。ただ、クルテクは根強い人気があるのだなと実感しました。DVDショップにもおもちゃ屋にも大きなぬいぐるみ付きで大々的にフィーチャーされていました。あとはスマーフが強い印象。トルンカやシュヴァンクマイエルといった日本では巨匠として扱われている人たちは、今現地ではどう認知されているのでしょうか。

チェコのアニフェストは最後の二日間だけの参加してきましたので、少しレポートしておきます。アニフェストは2002年から始まった(おそらく)チェコ唯一の大きなアニメーション映画祭で、今年は10回目を迎える記念の年でした。名誉会長にはミカエラ・パヴラートヴァを迎え、彼女の絵画やビデオインスタレーションの展示もありました。

アニフェストはそれほど規模の大きな映画祭ではありませんが、短編部門、長編部門、依頼作品部門、学生部門、子供向け部門、子供作品部門と、アヌシー以上に多岐にわたる作品を取り上げます。ただ会場のテプリツェという街はプラハから車で一時間ほどハイウェイを飛ばしたところにある温泉地なのですが、何もありません。映画祭に集中できるのでいいかもしれませんが、フェスとあわせて街を楽しむ、ということはあまりできません。地方都市なので物価が安いのは非常に嬉しいことではあるのですが。

アニフェストはやはり旧社会主義圏のアニメーション映画祭だな、という印象を受けました。小芝居の多いセレモニー、コミュニティ化した国内のシーン、とてもプライベートな雰囲気といったことのせいかもしれません。旧ソ連のシーンともつながりが強い感じがしました。

子供向け作品の上映の際には、実際にたくさんの子供が来場しており、それは非常に素晴らしいことだと思いました。たまに間違えて『エクスターナル・ワールド』とか観ちゃって怒りながら帰る親子連れを目撃したりしましたが。

短編・長編というメインの部門の審査員はジョアンナ・クイン、アンドレアス・ヒュカーデ、オリヴィエ・コット、オットー・アルダー、ノロ・ドロジアック(この人は知らない)とかなり正統派で豪華なメンツで、となると予想通り『雨のダイバー』がグランプリを穫るわけですが、他の部門をみても、長編部門では遂に完成したガリ・バルディン『みにくいアヒルの子』が(観れなかった……)、そして15分~60分の部門ではブラザーズ・クエイ『マスク』が受賞するなど、かなり風格の漂う受賞作品のセレクションになりました。審査員は違いますが(ウラジーミル・レスチョフなど)、奥田昌輝『くちゃお』が学生部門のスペシャル・メンションだったのは非常に喜ばしいことだと思います。(受賞リストはこちらのnewsページでご覧下さい。)

気になった作品についていくつか。

プリート&オリガ・パルン『雨のダイバー』は現在京都みなみ会館で開催中の「アニメーションズ・フェスティバル」でも観れますが、今回改めてじっくりと向き合って鑑賞して、また少し適切に咀嚼できた気がしました。(優れたパルン作品は良い意味で曖昧なところが多いので、観るたびに少しずつ印象を固めていけるという印象です。)初見の際から、笑える出来事が起こっているのになぜ笑えないのかという疑問が湧いていました。(広島ではかなり受けてましたが。)しかしそれは、作り手側の失敗ではもちろんありません。今回鑑賞して思ったのは、この作品がpointlessな世界そのものを描いているからなのではないかということです。pointlessじゃない世界のなかでpointlessなことが起これば、そのギャップは当然ユーモラスなものとなるでしょう。(パルンの初期作品はそういうギャップを内包していました。)しかし、『雨のダイバー』では、作品世界全体がpointlessなので、pointlessな出来事が起こっても、笑えない。むしろ、そのpointlessであることをじっくりと追認していくようなかたちで、コミカルなすれ違いが起きていく感じがありました。この作品は、男が自分がひとりである(女性とは異なる世界に生きている)という宇宙的事実を認めるという作品ですから、やはり追認の物語なわけで、pointlessの追認は作品の主題と合致しています。しかし、なんとラディカルな語りなのでしょう。つまり実質的には、何も起こらないわけですから。何も起こらず、ああ、そうだった、という微細な気付きのみがある。この思い切った語り方にこそ『雨のダイバー』の凄まじさがあります。『草上の朝食』にもあった、気狂い的な叫び声も、そんな世界だからこそ非常に良く響きます。

オランダで抽象実験部門のグランプリを受賞したFreud, Fish and Butterfly (Haiyang Wang)はbluと何が違うのだろうということも考えました。見せかけの新しさとインパクトを求めて下らない定型の物語を語ることに堕してしまったBluの新作Big Bang, Big Boomとは異なり、Freud, Fish and Butterflyには、描かれるイメージの移り変わり自体が持つ強度があります。つながりをもたないがゆえの強烈さというか。素朴さ、流暢でないこと、個人的なフェティシズムの衒いのない前面化、そこらへんが弩級にストレートに出ているのも良い点なのかもしれません。

広島にコンペインしたThe Drawer and The Crowの作者Frederick Tremblayの新作The Princessは前作に続き強烈でした。この人の人形はしわしわで粗いのにとてもエロティック。今回の作品では、作家本人もそのことにかなり意識的に取り組んでいるのではないかと思いました。女性の肉体の官能性が存分に伝わってきます。「むかしむかしあるところに……」「幸せに暮らしましたとさ」というはじまりと終わりをもった本を読みふける女性の、男性に対する理想(白馬の王子様)と現実(黒いオオカミ)を描く話は、物語自体に救いはありませんが、鑑賞後になぜか救われた気分になります。この作家さんが天然の人だからでしょうか。彼のピュアな作品は、見るものの心を純化してくれます。

One More Time (E. Ovchinnikovaなど)はヤロスラブリにあるアレクサンドル・ペトロフの学校兼スタジオの作家の小品で、お師匠さんのペトロフと同様に、技術的に優れており、ウェルメイドなものではありました。こういった小品として示されると、彼のメソッドも受け入れられるのですが。

ちょっとした驚きだったのはスロヴァキア作品のStones(Katarina Kerekesova)。男たちのマッチョな職場、石の採掘場にやってきた女性をめぐる愛欲と死のお話が、近年では珍しいような本格派の人形アニメーションで、しかもミュージカルで語られます。ミュージカルといってもライトで流暢なものではまったくなく、ビョークが主演で実写映画化できそうなサウンドスケープ。奇妙ではありますが、興味深い作品でした。

Journey to Cape Verde (Jose Miguel Ribeiro)は今回の掘り出しものでした。(といっても5分~15分部門でスペシャル・メンションになっている。)アフリカのカーボベルデへの旅行記を描くこの作品は、スタイル的にはバスティアン・デュボア『マダガスカル』に似ています(旅行中の実際のスケッチを使ったり、シーンによって様式が変わったりすることなど)。携帯に象徴される日常生活を捨て、異境の地にいることのちょっとした孤独感や、それをほんの少しだけ埋めてくれる現地の人々との重すぎない交流(泊めてもらった子供とのさりげない心の通わせ方にはぶるっときます)、自分と彼らの関係性がどうなったのかをさらりと象徴するクレバーなラストなど、観るべきところの多い作品でした。現地の人たちと一体化するのではない距離感の取り方は『マダガスカル』でも思いましたが、かなりリアルだなと感じました。この作品はシンプルな描画スタイルと現地で実際に録音した会話・物音がミックスされることで起こるギャップがまた良かった。リアリティの水準が異なるこのギャップは、観客の頭の補完を要求します。観客は、実際に映っているものや響いているものとは異なるものを脳内で体験することになるわけです。

そのことは、二度目の鑑賞でかなりの良作なんじゃないかと思いはじめたルース・リングフォードのLittle Deathsと似ています。こっちの作品は、オーガズムについて教えてくださいというインタビューへの答えをアニメーションにしたものなのですが、二年前のアヌシーでグランプリを穫ったSlavarが3DCGのラフなビジュアルゆえに逆に観客に対して鮮烈な記憶の光景のイメージを浮かばせていたのと同様に、不定形で境界を侵犯していくオーガズムというものを、死の深遠さや宇宙的スケールとつなげるかたちで描くことに成功しています。

クエイ兄弟の新作『マスク』がなぜ物語を語ることに成功できたのかということも考えました。クエイはこれまでは物語を語ることに失敗している作家でした。多くの人形アニメーションとは異なり、人間(もしくは人間的なキャラクター)そのものというより、人間から少しの欠損があるもの、生命の「ようなもの」として図らずも生み出されてしまった人形を多く登場させつづけてきたクエイ兄弟ですから、愛する男を殺すために作られた人造人間を主人公とするこの作品の物語は、おそらく彼らにとても合っていたのでしょう。この作品でもまた、クエイの語り口は、一般的に思われているノーマルな人間概念とは何かということにひとつのクエスチョンマークを突きつけるものとなっています。そこらへん、シュヴァンクマイエルとはかなり異なる印象です。こもるべき個の世界さえもないという。

学生部門では、最優秀賞を受賞したElli Vuorinen"The Tongueling"が感動的でした。ナメナメ宇宙。とりあえず観てください。animationの項目にあります

学生部門でのもうひとつの掘り出しものは、The World at Large (Katja Schiendorfer)。この人はアニメーションのセンスがあります。シンプルな描線で、あまり動かしすぎないのに、震えやちょっとした仕草によって非常に豊かな動きが生まれています。バイオリンとアコーディオンの演奏が生き生きと始まるところから開始されるこの作品では、街の人々がマクシモフ作品のキャラのように愛らしいキャラとして動き回り、なぜか存在する巨大ネコ以外の人々はほとんど互いに絡みがないまま、それでもなお同じ街の情景が描かれているような、そんな素敵な荒技を成し遂げています。なんというか、さわやかで愛らしい『わからないブタ』という趣があるような。とにかく素敵な作品です。

学生部門ではオットー・アルダー率いるルツェルンのアニメーション・コースの学生の作品が目を引きました。たとえばこれとか。他にもいろいろ。マリーナ・ロセットなども輩出しているこの学校、地味ですが良作を揃えてきています。

パノラマ(Anifest Choice)では、アヌシーのグランプリThe Lost Thing (Shaun Tan)をようやくきちんと観れました。(アヌシーではやはり寝てしまっていたみたいです。)キャラクター造形と画面構成の豊かさや、何も衒わないストーリーテリングで突出している作品だと思いました。何も革新的なところはないのですが、とにかくきちんとできており、その「きちんと」のレベルが時おり尋常でなく高くなります。CG自体のクオリティは高くないのですが、そこに注意がいかないような優れたビジュアルスタイルを持っています。監督のショーン・タンはむしろ絵本作家として最近日本でも注目を集めていますね。

長くなりすぎましたので以上で。

さて、今日からはシュトゥットガルトのはじまりです。

土居

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