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        2010-05-06        イメージフォーラムフェスティバル2010 RQPプログラム

イメージフォーラムフェス2010、東京会場最終日でした。
今日はアニメーション系プログラム3つが並び、どれもかなりの充実をみせておりました。

ロバート・ブリアのレトロスペクティブ、嫌がらせかと思えるくらいに音が大きく、行きがけに買ったばかりのカナル型イヤホンをつけながら鑑賞したらちょうどよかったです。ブリアの作品はどれもほっこりとした気分になれますが、個人的には70年代以降がツボでした。胸がキュンとしました。リアリティに近づけるためではなく、印象を捉えるためのロトスコープ。現実から浮遊し解放されるためのロトスコープ。そんな感じがしました。日常の印象をほっこりと抽出しつつ、でもそれを決してひけらかすまではいかず、だからひとときも押し付けがましくなく……『富士山』『LMNO』における描写対象との絶妙な距離感は本当に素晴らしいです。僕のなかではヒントン『FLUX』とモロにリンクしましたが、それはフォルムを解体するということ以上に、世界を捉える際の鳥瞰の感じが似ていたからなんじゃないかと思いました。

ハーツフェルト上映、東京二回目はほぼ満員、開演時間を間違えて『人生の意味』に間に合わず、席もあいていなかったので会場の後ろからお客さんの反応をみながら参加することにしました。字幕なしの作品はプリントが配られて……と思ったら、『オヤシラズ』のみで『三次元は休憩』は相変わらず放置されておりました。それが残念。しかしたくさんのお客さんと一緒に彼の映画を共有できたのは素直に嬉しかったです。可能ならば、『オヤシラズ』は冒頭にでも回してもらって、『あなたは私の誇りよ』で〆てほしかったですが……去年のはじめからハーツフェルトハーツフェルトと騒いでおりましたが、みなさん満足いただけたでしょうか。テーマと描き方ゆえに、人は選ぶ作家だと思います。万人を貫くとは思いません。でも、観客席の1割~2割の方々を、深く貫くものでもあったのではないでしょうか。ハーツフェルトの近作に関する今のところの僕の考えは、Animationsの本ホームページに記してありますので、そちらをご覧ください。

海外アニメーション短編プログラムは良作揃いでした。以前の2008-2009ベストのエントリで言及している作品が3本も! 

『リトル・パペットボーイのお話』はまさかの日本語字幕なし(しかも英語字幕も小さい)で非常に残念だったのですが、やはり悔しいほどに面白かったです。アホみたいな足音、巨乳の彼女(しかも幻覚)、笛吹き男、『黒騎士』……あああ……一本飛ばして『キッチン・ディメンションズ』(プリート・テンダー)もついに日本初上陸。頭おかしいですよね。最初に観たのは去年の10月オタワでのことだったので、今日の再見までにバンクーバーオリンピックを通過したわけですが、五輪の開会式閉会式を観ているかのような錯覚にも襲われました。バカバカしいほどに大げさで。オタワでは35mmだったので、それと比べるとやはり細部が潰れてしまっていてアホらしさが薄まっていて残念だったのですが、やはり最高に下らないです。この二本について、一体他に何が言えるというのでしょう? 

『アンナ・ブルーメに』(ヴェッセラ・ダントチェヴァ)は掘り出し物。描画スタイル的にはヒュカーデの近作を思わせますが、描いているテーマも結構近い。少女~女性に至るまでの愛の過程が象徴的に、それでいて生々しく描かれているように思いました。逃れ、肥大化し、欲望のすべてを無差別に呑み込もうとし、逆に呑み込まれて崩壊し……間違っているかもしれませんが、女性のリアルな性的冒険譚だったような気がします。まさに女性版ヒュカーデ。

『雨の中の潜水夫』(プリート・パルン)もなにげに日本初上映なんですよね。すでに去年から何回も観ているので実感がないですけど。パルンの作品は個人的な体験をダイレクトなベースとしながら、それを普遍性にまで高めるやり方が非常に素晴らしいわけですが、今回も僕はそうだと思います。前作『ガブリエラ』はパルンの前の奥さんの死がその根本にあることをパルンはインタビューで明言しています(まだアップしていないので申し訳ないですけど。誰かテープ起こし手伝ってください)。今回もまたそうでしょう。しかし、『ガブリエラ』がちょっとした希望を最後に灯していたのと比べると、『潜水夫』は正反対のようにも思えます。途中の潜水夫パートは、とある目的へと向けられた行動がすべて果たされないというちぐはぐさを描いていましたが、しかし、今回の描き方はあまりに淡々としていて笑えません。笑いを求めていないようにも思えます。おそらくその淡々とした感じというのは、パルンの以前の奥さんの病気と関わっているからなんじゃないでしょうか。あくまで推測ですが、おそらくその病気は、同じ世界に住んでいるはずなのに、とてもそうは思えない種類のものだったのではないでしょうか。『潜水夫』は、すれちがったまま、すべてが終わってしまった後に、なすすべなく取り残された人間によって回顧される物語であるように思えます。最初と終わりでキスをかわす夫と妻は、おそらく最初から同じ世界に住んでいません。今日何回目かこの作品を観て、すべては夫(潜水夫)の喪失の記憶のイメージ化だったのではないかと思うようになりました。夫が(観ている人間にとっては)もどかしい仕事についている一方で、妻は眠りにつける場所を求めて、そのたびごとに邪魔をされて、最終的に沈みゆく客船のなかで眠りに落ちていく……そして夫はそこに辿り着きません。救えるように思えて、実際には最初から救えるはずがなかった妻への思いが、客船に辿り着きそうで、辿り着かなかった夫のぼんやりとした想念として可視化されているように思いました。(それゆえのあのラストシーン……)この映画は社会を描いているようにみえて、実はパルン史上最もプライベートな作品なんじゃないかというのが今の僕の考えです。

今日は良い作品を観すぎて、少々凹みました。個人的には「良い作品」=「他人事でいられない作品」ということで、観ながらにしていろいろな記憶が引きずりだされて、落ち込みました。

家に帰ると上甲くんがtwitterでアンドレアス・ヒュカーデの新作がアップされていることを教えてくれたので、悩みましたが、観てみました。まあ、ごらんください。

Andreas Hykade "Love and Theft"

アニメーション史上の有名キャラクターを用いた、驚くべきメタモルフォーゼ譚。あまりに有名すぎて名前を出すのも憚られるようなキャラクターたちにまじって、『ライアン』でのライアン・ラーキンやフィル・ムロイのキャラクターが混じっているのが笑えます。ヒュカーデがこれほど動きと変容にこだわった作品を作るのがとても意外だったのですが、クレジットのアニメーターの欄をみて納得。2008-2009ベストの学生部門に挙げた"Lebensader"のAngela Steffenの名前が、ヒュカーデと並んで書いてありました。("Lebensader"のspecial thanksには、ヒュカーデの名前があります。)ヒュカーデにとっても、彼女との出会いがあってこそ実現可能だった作品なんじゃないでしょうか。好きな作家が二人結びつき、素晴らしい作品が生まれたことにゾクゾクします。

さあ、GWが終わりました。
でもアニメーション上映はまだまだ終わりません。
5/9からはラピュタアニメーションフェスティバル、万博記念(!)の「美と芸術の上海アニメーション」も公開中です。ノルシュテイン展も必見です。(あ、まだブログに書いてないや。)

東京圏以外の方は、イメージフォーラムフェスのアニメーション特集に是非。損はしません。

土居

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