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        2009-12-25        ルツェルン・インターナショナル・アニメーション・アカデミー(3):ノルシュテイン「『霧のなかのハリネズミ』におけるドラマツルギーについて」

 ノルシュテインのLIAA二回目の講義では、『霧のなかのハリネズミ』をテーマにして、作品をどのように組み立てていったのかについて、かなり具体的な話が展開された。ノルシュテインによれば、この作品のテーマとなるのは、生における謎を発見することによって以前とはまったく異なる存在へと変容してしまうことであり、その理由から、具体性の世界(既知の世界)と抽象性の世界(未知の世界)を行き来するような構造が要求されたのだという。
 制作のスタート地点となったのは、ハリネズミ(言うまでもなく、変容を蒙るキャラクター)が木の枝を手にして霧のなかを探索するシーンだった。ハリネズミが謎の存在を発見するのは霧の空間においてであり、霧の空間は不確定な感覚、はっきりとしたものではなく曖昧な感覚を保持する必要があった。その表現のためにノルシュテインが拠ることとなったのは東洋の詩や哲学における反響性を持つ空間の表象であった。不確定で曖昧な空間は、一義的に定められることがなく、それゆえに(一回目の講義でテーマとなった)「全体性」「永遠性」を切り開くためには重要なものとなる。
 曖昧で一義的に定まらないモヤモヤとした霧は、それ自身として生命を持っているかのような空間になる必要もあった。生命としての空間の例として、ノルシュテインはタルコフスキーの『ストーカー』の「ゾーン」を挙げる。結局は何も起こらないのに何かが起こってしまいそうな、あの多義的で揺らめく空間だ。
 ただ、『霧のなかのハリネズミ』の制作にあたって『ストーカー』が参考にされたというわけではない。(『ハリネズミ』の制作年は『ストーカー』の4年前。)ノルシュテインは、美術監督のフランチェスカ・ヤーブルソワに対し、『ハリネズミ』のエスキースを描くための参考として、パウル・クレーの道化の絵を見せたという。(クレーの絵はノルシュテインがよく言及する例で、その卓越した音楽性・リズムの表現――つまり揺れ動くもの――はノルシュテインがアニメーションを制作するにあたって、かなり重要なインスピレーション元となっている。)ノルシュテインは、前回の講義でも触れたように、他ジャンルの芸術の成果を参照することを厭わない。むしろ、自分のリズムを作り上げるために必要なディテールが存在する作品からは、積極的に「盗む」ことをさえ推奨している。(最近はブラザーズ・クエイの『ベンヤメンタ学院』をよく鑑賞するという。シンプルな空間の感覚が気に入っているらしい。)
 しかし、クレーの絵が参照されたからといって、それがそのまま完成品に残るかといえばそうではない。ノルシュテインは、作品自体が制作過程において(霧の空間同様に)常に揺らめき動くものであるべきだと考える。クレーの絵は『ハリネズミ』のエスキースに影響を与えるが、だからといってその「ベース」になるわけではない。作品の準備のために制作されるエスキースでさえ、作品の「ベース」ではないと彼は言う。それを踏み台のようにして、活き活きとして流れるような空間を作り上げること、それこそが必要とされることであり、そのためには作品自体の構想もあらかじめ決まっていてはいけないのである。(ノルシュテインはこのやり方が絶対的だと考えているわけではない。ヒトルークは作品全体がはっきりするまで制作に取りかからなかったが、それも一つのやり方であると認めている。ただ、自分の場合であれば、もし全体が確定しているのであればその作品は作らない、と彼はヒトルークにはっきりと言ったことがあるという。)
 他にも、作品に「謎」を取り入れるためのやり方として、実体験からの記憶に残るディテールを用いることで無限性を触知可能なイメージとして具体化すること(一回目の講義における「草上の雪」というタイトルについての議論を参照)、外部からの音による異なる位相の空間のほのめかし(具体的には子グマくんがヨージックを呼ぶ声)、具体的な空間が抽象的なものへと変容していく感覚を感じさせる編集のリズムの採用などについても語られた。
 繰り返しになるが、ノルシュテインはここLIAAでの二回の講義を通じて、アニメーションにおける全体性・永遠の表現の可能性についてかなり具体的なそのやり方を語ったといえるだろう。そしてその際、重要になってくるのは、具体物がただ単に具体物でなくなるような、一義的に定まらないものを作品内に投入することなのである。(続く)


土居

コメント

創作の秘密。
とても豊饒な世界からアニメーションが生まれるのですね。
静岡の地で楽しみにして待っています。いつも報告ありがとう!

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