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        2009-10-04        コンテンポラリー・アニメーション入門第二回終了

コンテンポラリーアニメーション入門第二回「マクラレンの新しい後継者、クリス・ヒントンとマルコム・サザーランド」が終了しました。前回以上にたくさんのお客さんに来ていただき、非常にありがたく思います。(席がきちんとなかった方、すいません。)
今日は前説と最後のトークを担当させてもらいました。
前説はすごく緊張しました。窒息しそうになりました。
最後のトークは言いたいことをだいたい言えましたが、20パーセントくらいは言えなかったかもしれません。しかもちょっと早口だったかもしれません。
なので話そうと思ったことの要点だけまとめておきます。

○ヒントンに関して:「アニメーションにおいて重要なのはHuman Error」と公言するヒントンは、かつてのマクラレン同様に、抽象と具象の間で揺れ動く(つまり観客の知覚を不思議に揺さぶる)領域で作品を作ることに専念しており、たとえばライムント・クルメなどの数少ない例外を除き、今のアニメーション界では結構珍しい作家。アニメーションはそもそも知覚の間違いによって成立するという根本を思い出させる。フィッシンガーなどの抽象と違って、なんだかお茶目でコミカルな感じがするのも、そのHuman Errorの領域で作品を成立させているからなのではないか。(フィッシンガーの純粋抽象とは種類が違う。)「観客が作品をどう受け止めるか」という強い意識もマクラレン的。

○サザランドに関して:ときおり恐怖さえ覚えてしまうほどの実直さでもって自分に染み付いたスタイルを破壊し、本当の意味での自分の声を見つけ出そうとしているヒントンと比べると、サザランドはそもそもの最初から「自分」があり、逆に言うと「自分」しかない。彼は抽象の他にも具象や実写実験など多種の作品を作っているが、そのどれもが、「自分の好奇心を刺激するエキゾチックなもの」の吸収という過程を経て成立している。それゆえに、野生の動物などの外部世界のものを描き出す場合でも、本当の意味での外部ではなく、サザランドに内面化された元外部のようなものが目撃されるだけ。(彼にとっては、物理的な外部も、ノスタルジックな過去やSF作品宇宙といった観念的な外部も、どちらも同じである。)すべてが「自分」。それには長所と短所がある。〔長所〕あらゆる作品(テスト作品でも)のどの部分を切ってもサザランドらしさしか見当たらない。〔短所〕本当の意味での外部がない。(アウトドア派の人が『バードコールズ』を見たら「あまっちょろい」と怒るのではないか。)彼は世界各地に点在する「天然系」作家の一人であり、想像力の持ち方として、おそらくイワン・マクシーモフが一番近い。外部のなさと心地よさという意味で、チェコのものとも近いかもしれない。日本人に受けるのもわかる気がする。

二人を比較すると、師弟関係であるにも関わらず、作家としての態度がかなり違う。それはそのまま、世代間の差異なのかもしれない。ヒントンはかなりモダニスト。サザランドは、その善し悪しは別にして、ポスト国営大スタジオ時代のかなり「現代的な」個人作家のあり方のある種の典型である。

こんなところです。

三回目はこれに参加するため日本にいませんので出席できないのがとても残念です。代わりに今回以上に配布資料を充実させようと思います。(トッカフォンド自体、あんまり資料がないのでちょっと困っていますが……)

アンケート用紙に書きわすれてしまった感想などもまだまだお待ちしております。

それではまた来週、ノルシュテイン週間にてお会いしましょう、さようなら!

土居

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