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        2009-04-29        「イメージフォーラムフェスティバル2009 L 妄想の饗宴:英、伊、豪アニメーション傑作選」

今日から始まったイメージフォーラムフェスティバル2009
オープニングのアニメーション・プログラム上映を早速観にいってきました。

イギリス、チャンネル4関連のAnimate Projects(animate!にあらず)から7作品、残りはAnimationsでも既に紹介済みの昨年の話題作『Muto』と『チェーンソー』の計9作でした。
Animate Projectsはアニメーションの伝統に捕われないようなものを送り出してやろうという心意気を持っているような感じがしないでもないプロジェクトですが、アニメーションの伝統にどっぷり浸かった僕にとっては、なかなかコネクトしづらい作品が多いです。どなたか魅力を教えてください(切実)。
それでも印象に残った作品はいくつかあります。
クォーター』(ジェーン・チードル)は壁面に水をぶっかけてアニメーションを作るという力技の作品。人のような、獣のような、何かの一部であるような、全体であるような、そんな不定形のもやもやがとにかくうようよします。ずっとセミの声が響いていて、「ヨーロッパではセミの声はノイズにしか聞こえないという話があるな」というクリシェを思い出したりしました。ちょっと調べてみたら音楽担当の方は東京で活動していたこともあるとか。
きずもの』(バーナビー・バーフォード)はアンティークな陶磁器を使った人形(?)アニメーション作品ですが見た目が面白い以外はかなり型にはまった感じがしました。高いところにいる高貴な少女と低いところにいる高貴でない少年の許されぬ恋物語。アニメーション自体は面白かったので、内容がつまらなくて残念です。
ブラック・ドッグス・プログレス』(スティーブン・アーウィン)は大量のフリップブックを組み合わせた作品。基本的には反復を繰り返しつつ、ちょびっとずつの変化で黒犬をめぐる物語が紡がれていきます。めんどくさいことをやっているのに対して圧倒されるのでなく(ソフトで編集してるでしょうし)、単純にヴィジュアル的に面白い作品でした。満足。
ブラー・ベルト』(セバスチャン・バークナー)は、ガラスのドアの固定ショットから始まる変形がいろいろなものを想起させていく作品。何が映っているのかはよくわかったりよくわからなかったりするのですが、ガラスのドアの向こうにみえるものが時間とともに変わることはよくわかります。不思議な感覚に陥る作品です。
ジェフリーと恐竜』(クリストフ・スティーガー)は、『ジュラシック・パーク』を観た数日後から恐竜をテーマにした物語を書きはじめ、15年間ものあいだ、世界中のプロデューサーにそのシナリオを送りつけつづけているという障害者のドキュメンタリー。『A is for Autism』よろしく、彼の描く恐竜のイラストを用いて、シナリオのワンシーンがアニメーションにされていきます。ドキュメンタリーとしてはかなり中途半端な出来ですが、いろいろと興味深いところはありました。
ウィズアウト・ユー』(タル・ロスナー)は、とある郊外の風景が次第に解体されて抽象模様になっていく作品。冒頭に引かれた"Calm Down. What Happens Happens Mostly Without You"というジョゼフ・アルバースの詩にグッときました。シュヴァンクマイエルの『家での静かな一週間』を思い出したり。あれは人が覗いている設定ですけど、でもあんな感じのドキドキ感を味わえます。
MUTO』(BLU)については何度かすでにブログで触れております。初めてパソコンの小さな画面でない上映環境で観ました。確かに画面のぐらつきは気になりません。肉から骨という大まかなドラマツルギーがあって、そのなかで肉肉しい人間っぽいなんらかのものが大きさ、腕の数などといった一部の属性を変化させつつ、バリーン、さくっ、かりっと変容していく、肉感的な作品でした。こうやって書いてきて思ったのですが、このプログラム、同じようなテーマのものが多いですね。アニメーションの特質が浮き彫りになるようで、なかなか面白いです。
チェーンソー』(デニス・トゥピコフ)なんか既にかなりがっつりと書いてしまっていますが、今回はじめて字幕ありで観れていろいろと確認することができました。主人公フランクとその妻エヴァがフランク・シナトラとエヴァ・ガードナー夫妻の写真を家に飾っているのは二人が同名だからでしょうか(実際にはスペルがちょっと違う)。しかしシナトラ夫妻は離婚して妻の方は闘牛士のドミンギンとくっつくことになるわけですから、この主人公夫妻ははじめから名うてのカウボーイを間男にしてしまう運命を辿っていたのでしょうね。この三角関係のパラレルは他にもたくさんあって、リストで挙げるだけでも画面が埋まってしまいますからやめときます。重要なところだけ。ドミンギンは空に浮かぶ飛行機雲をふと見上げ、20世紀になって自分は何をやっているのだ、と、闘牛士という職業が古い時代の遺物であることに気付き俳優へと転向するのですが、それはそのまま主人公フランクの最後の決断とパラレルになっています。エンドロールの前に、シナトラ、ガードナー、ドミンギンの生没年が映し出されます。三人ともが90年代、つまり20世紀の終わりにその生を終えています。おそらくトゥピコフは、この『チェーンソー』という作品を、終わってしまった二十世紀(と二十世紀的ライフスタイル)に対する挽歌のようなものにしたかったのでしょう。ひな鳥と親鳥の死が非常に印象深く描かれていますが、ラストでは、新しい鳥が残されたひな鳥たちの世話を始めます。死んだ親鳥は、カラスの餌になります。ストレートに純朴に生きる人々は古い時代の終焉とともに去っていき、新しい時代に取って代わられていく。当然かつ残酷なその時の流れ、ノスタルジーを見事に描いた作品です。三回観てもやはり面白い。

結局ほとんどの作品について書いてしまいました。
いつも長々とすいませんね。

土居

コメント

チェンソーにそんな意味が

イメージフォーラム楽しかったですね~私もLを見てきましたがチェンーソーにそんな深い意味があるなんて思いませんでした。いや、字幕が早すぎて理解できなかったのもありますね(笑)まあ留学生だしもう一回見てチェンーソーの深い意味をキャッチしてみたいな~と思いました。

おもろさん、はじめてのコメントありがとうございます。
チェーンソーは観る回数を重ねるたびに新たな発見があるタイプの作品ですね。
DVDとかリリースされればいいんですがね……

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