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        2009-03-19        「カナダ特集(4)」プレビュー的レビューと雑感

カナダ・アニメーション映画名作選に初めて行ってきました。
三時からのプログラムは行けませんでしたがその理由は察してください。
今日の結果のせいで、明日も三時からのプログラムは行けなくなりました。

○「4 コスモポリタン・カナダ
映画館の暗闇で、フィルムで観ることはまったく別種の体験であることを改めて実感しました。他国出身でNFBにやってきた人々のプログラム。バランスも良かったです。『ストリート』(リーフ)『死後の世界』(パテル)はもう数えきれないくらい観てますが、スクリーンのほぼ真下でかぶりつきでみてみると、改めていろいろな発見がありました。時間も空間も物理的次元を軽々を無視してつなげられていきつつ、ある種の世界をきちんと構築していくやり方のダイナミズムを再確認するというか。細かな手触りを感触するというか。「意識の流れ」のアニメーションでの有効性を改めて実感するというか。その流れでいえば、黒塗りされたセルを引っ掻くことで制作されたという『ルナ・ルナ・ルナ』(ヴィヴィアンヌ・エルネカーヴェ)、作者も含めまったく知りませんでしたが、これはほんとに映画館の暗闇で観てこそ威力を発揮するフィルムだと思います。魑魅魍魎がそれとははっきりとわからぬままに次々とさりげなく登場する、暗闇の世界の子供の内的探検をばっちり追体験できます。結構興奮しました。『ホット・スタッフ』(グルジック)、『生存競争』(ドリエセン)といったカートゥーン系作品、アイディアがシンプルでありながら卓越していて、そこからいろいろなものを読み取れるという、素晴らしい作品だと思いました。良い意味での単純化というか、凝縮化というか。それが持ちうる力。もしくは、バカ正直にやるのではなく、良い感じに力を抜いて表現するという力。カートゥーンの可能性を追求できる人は最近少ないですね。(一瀬皓コの『cosmic!』はまだ未完成だったらしいですが、今の段階でもこういった文脈に位置づけられる素晴らしい作品だと思います。)パルンもきちんと利用してますし、カートゥーンについてきちんと考える作業は、ほんとに大事だと思います。笑える笑えないとかそういう次元に留まるのではなく。
このプログラム、次は27日(金)15:00からです。

余談です。
カナダアニメーション特集のカタログをパラパラとめくっていて思ったのは、アニメーションについての知識の共有というのは、まだまだされていないのだなあ、ということです。全体として訳文自体は素晴らしいのですが、ピクシレーションとすべきところがすべてコマ撮りと訳されていたり、キャロライン・リーフなどが「カナダに永住」と訳されていたり(NFBの常勤、くらいですよね)、あまり細かいところをつっついてもしょうがないですけど……まあ、去年の広島でも、マクラレンについてのアニメーテッド・ドキュメンタリーのタイトルが「マクレーンズ・ネガティブ」となっていてずっこけたりしたんですが。元西武のマクレーンの話かと思いました。

ちなみに、知識をつける、という点に関して、今回のラピュタフェスの副読本として、クリス・ロビンソンの本をおすすめしておきます。

Chris Robinson, "Estonian Animation: Between Genius and Utter Illliteracy"[Amazon]

気に入った作品があったら、その作家が取り上げられているページを読んでみると、思わぬ広がりを手に入れることができます。こういう文脈があったのか、と。どの作家も数ページなので、英語の勉強としてもちょうどいいです。作家の生の声も入っていますし、作品についてのちょっとした紹介、ロビンソンによる作品の本質的な考察がさらりと入っていたりもして、とても勉強になります。もしくは、「レトロスペクティブ」プログラムの作品の音楽が異様に素晴らしいなあ、と思うとします。すると、第9章のmusic, pleaseという章題が目に入ります。すると、『アトムボーイと少年』の音楽が無名時代のあのアルヴォ・ペルトだということがわかります。(ペルトの曲はそういえば、フィル・ムロイの長編『クリスティーズ』にも非常に有効に用いられていました。余談ですけど、パルンはパルンなのに、ペルトはペルトなんですよね。ペルンでもないしパルトでもないんですよね。綴りは同じなのに。)エストニアの現代音楽家とアニメーション作家たちの並々ならぬつながりが判明するわけです。もしくは、パルンと作曲家との関係なんて、あまり考えないですよね。ものすごくマッチしすぎていて、BGMというより、作品の総体を一部をなすものとして捉えてしまうからだと思うんですが。それについてもいろいろ書いてあります。パルンが音楽を自分の弱点と考えていて、きちんと信頼できる作曲家と共同作業をしているということなど。もしくは、ソ連時代はきちんとした作曲家とコラボするための予算が確保されていたということ。いろいろと目からウロコです。
(もしかしたら、自分ですべてをやろうとしがちな日本の若い作家の人たちこそ、読むべき本かもしれません。アニメーションに関する多層的な声が入ってきますから。)

ただしこの本、索引がついてないのでそこはつらいです。

ダラダラ書きすぎました。勉強会のためにいろいろと考えているのが原因です。

土居

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