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        2009-02-08        「無限なるアニメーション世界 vol.1 世界のアニメーション」

フィルムで短篇アニメーションを観れる機会がなかなか少ない昨今、このような試みは非常に貴重です。堪能してきました。

上映作品は『シュッシュポッポ』(コ・ホードマン)、『ザムザ氏の変身』(キャロライン・リーフ)、『バッタ君町に行く』(デイヴ・フライシャー)の三本。

コ・ホードマンは個人的にどうも苦手な作家だったのですが、今日でようやく楽しみ方がわかってきたような気がします。積み木人形が言葉なきまま愉快に動き回る『シュッシュポッポ』は、恐怖さえ感じるほどにファニーで取り返しのつかないくらいに箍の外れてしまった適当ヤッホーでピーピーホーホーヤーヤーキャーな名作だと思いました。楽園といっていいほどには整然としておらず、何がイメージとして近いだろうといろいろと探ってみたのですが、平日昼間の温泉施設に心の純粋な30代男性たちがビールを呑んで「うぉー」と叫んだりしながら戯れる感じに近いのかな?そういう楽園。雰囲気・ムードなんかまったく考えないテラテラに照明の輝く畳の部屋で遊んでいる、少しの思い切りとかなりの天性さえあれば届きうる楽園という感じがしました。『砂の城』もそんな感じですよね、思えば。やっぱりちょっと狂ってると思います。

『変身』。キャロライン・リーフは『がちょうと結婚したふくろう』と『ストリート』が僕にとっては双璧で素晴らしいですが、今日ようやく『変身』もわかりました。彼女の作品はビジュアルのインパクトが強いのでそちらの方に関心が向いてしまいますが、僕にとっての一番の魅力は音です。彼女は音の人だと思います。リーフの優れた作品には、「致命的」な音が鳴ります。少なくとも僕は、彼女の作品を観ると「致命的」という言葉が浮かんできます。(いやもっと強い言葉が必要だな、正直言って身を切り刻まれる気がするので。)『ふくろう』では水底へと沈んでいくふくろうの息の音、『ストリート』では(姉の声に仮託された)幽霊の声、そして『変身』ではザムザ氏の隣の部屋で鳴らされる妹のバイオリンの音。そのどれもが、致命的な断絶を感じさせます。彼女の作品はほとんどどれもが、断絶をテーマしています。それがこのような音使いによって補強されているわけです。音だけが届いてきて、でもその届く音が思わせるのは断絶。決して届かない向こう側の世界の存在。『変身』は舞台装置自体がそのようになっています。ドア一枚隔てられた、自分をもはや受け入れてくれない世界。目を閉じていても、耳(ラストに突如として登場する、虫のものではない、人間の耳)にはその希求する世界の響きが聞こえてくる。残酷です。本当に恐ろしく思います。ノルシュテインは、「バラバラになった断片をつなぎあわせるのがアニメーションだ」と『草上の雪』で言っています。それならば、リーフの作品は(原理的な意味では)アニメーションではないのかもしれない。幼年時代を描く『ストリート』でさえ、主人公の少年は、自分の理解できる世界ではない世界の無限の広がりを感じ、その世界にはどうも届かない、ということを感覚します。どうしようもなく絶望的な世界認識ですが、僕はこの世界を圧倒的にリアルに感じてしまいます。

その対極となるのが、最後の『バッタ君』。フライシャー・スタジオによるディズニーへの屈服作品です。ディズニーランドのパレードをみてもわかるように、こういった作品群は、断絶など存在しないのだ、と嘯きます。時代も作品も何もかも超えて、一体化して踊るわけです。『バッタ君』では、昆虫たちが一緒になって踊ったりあたふたしたりします。一体化することなど実際には無理なわけなので、それを成立させるためには、力技が必要となります。超論理が求められるわけです。この映画で言えば、建築中の高層ビルを登る虫たちのラストシーン。ビルの建築および完成と、虫たちの登頂と、作曲家の成功が同時進行するわけですが、当然のことながら、その三つは物理的なタイムラインとしては一致しないわけです。でも、一致してしまう。論理を超えてしまっているわけです。この力技に、この映画は見事成功していると思います。アメリカン・ドリームの可能な時代にのみ成立しえた、欺瞞的価値観に支えられた作品です。1941年に作られていることに納得させられます。

その欺瞞に対してはラン・レイクが新作でぶっつぶしてくれていますので、
やはりメディア芸術祭のオタワのプログラムは観にいきましょう。

以下二本のDVDは現代のアニメーションに関わる人はやはり必携だと思います。
NFB傑作選 コ・ホードマン作品集 [Amazon]
NFB傑作選 イシュ・パテル/キャロライン・リーフ /ジャック・ドゥルーアン作品集 [Amazon]

土居

コメント

ありがとうございました

ブログのリンク元にこちらが出ていたので、お邪魔させていただきます。

2/8はご来場いただき、どうもありがとうございました!
(当日つたない司会をした者です)

いずれも的を得たレビューになんだか感服しております・・・

来月もまたやりますので、よかったらお越しください!

コメントありがとうございます。
とても貴重な試みだと思いますので、次回以降も是非続けていただければ嬉しいです。
また告知させていただきます。

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