Animations Blog


Animations creators&critics Website

Animations

アニメーションズ、創作と評論


カレンダー

07 « 2017-08 « 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近のコメント

最近のトラックバック

最近の記事

RSS

広告

FC2Ad

        --------        スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

        2008-12-12        『WALL・E/ウォーリー』は誠に圧倒的です(メモ)

WALL・E』、先週末から公開してますが、とりあえず二回観てしまいました。大人数でお金と時間をたっぷりかけてなしうることの究極を見せつけられた気がしています。大きなスクリーンで観ることができるうちに観にいってください。個人作家の方々は、これを観てどう思うのでしょう?まったく違う世界の話とするのでしょうか、それとも何かしらの危機感を感じたりするのでしょうか。何か短文を書こうと思ったのですが、まとまらないのでまとまらないまま、上映後に取ったメモをそのまま公開します。アニメーションに関して考えるための材料をあまりに多くて提供してくれるので困ります。赤字は二回目のあとのメモです。

土居

-----

・BNL社の広告が「スターツアーズ」の案内ビデオみたいなこと
 →プログラムによれば、「わざと」らしい。アメリカ人だと違和感なく受け止めるかもしれない。(『ジュラシック・パーク』の案内映像との比較)
・「人間」的なウォーリー:模倣者・創造者として
 (クエイ兄弟と同じくらいに、人間とのその周辺の境界線を揺らがせる・おびやかす)
 自分の部品を取り替えることができる/もしものときのために溜めておくことができる
 本来はWALL・Eたちの収納庫であったものを改造している/分類する能力も持っている/寝床を揺らすと気持ちいいことを知っている
 場面・心情にあわせてBGMを変える(つまり、作業するのにBGMを必要とするということ)
 孤独にトレーラー暮らしをする労働者と何が違うのか?
 ゴミ回収だけでなく、目に映ったものを模倣する能力があるらしい(高層ビルやイヴの似姿創造)
 →この能力があるからこそ、ひとり生き延びた?
 <?>なぜこのような能力を持つに至ったか?感情を持つのはなぜ?
    →作品の決まり事なので突っ込む必要はないor
     その方が生存しうるという判断から、進化プログラムが組まれているor
     突然変異+700年の時
 映画によって人間を学ぶ(これもまた「見つめる」モチーフ)
  →逆に言えば、「人間を学びうる」映画を観ているということ(これ重要。『ウォーリー』自体が……)
 職務を「機械」的に遂行する段階ではもはやないらしい(遊び心、好奇心。「進化」としてありうる)
・破壊者としてのイヴ(ウォーリーと逆)
 指令を厳密に遂行しようとする植物採取機
 炎を「見つめる」ことで何らかの目覚めが(宇宙船着陸の光がウォーリーの目に反射すること)
 動くものを撃つのに対し、揺らぐ炎や照明には見とれる(機械の中の動物的な部分)
・「無垢な人間」としてのロボット(動物や子どもも同様の位置でありうる)
 →世界を新たに認識し新生/復活させうる非常にアニメーション的なモチーフ
 →恋・愛というものを初めて実感する二人のキャラクター(cf.ターミネーター)
 →動物や子どもと違って、宇宙で活動可能
・appleとの癒着
 →ipodの使用、ipod的なデザインのイヴ、ウォーリーの充電完了音=アップルコンピュータの起動音
 →スティーブ・ジョブズとピクサーのつながりを知る者への目配せ
  皮肉なユーモア、腹立たしいほどの配慮:一番最後の「BNL」(=アメリカ)社のロゴ
  (すべては仕組まれたことである/すべてはパロディである、作り物であることを宣言する。ここまできちんとやっておきながら。)
・人間の機械性orクリーチャーとしてのCG人間
 人間の方こそが決められたルーティーンをこなすロボットになっている(『ウォレスとグルミット』の目覚まし機械の延長)
 創造性が皆無、与えられた選択肢を選ぶのみ、赤ちゃん化(望むものが与えられ、視野が狭い)
 「700年間同じことをしている」:unchange、normalであることを確認するだけのキャプテン
 →解放者としてのウォーリー:ルーティーンのコースから外すことで、外の世界の存在を示し、好奇心を目覚めさせる(キャプテン、ジョンのカップル)/『バグズ・ライフ』主人公との比較
 →この宇宙船が「生物」であるとすれば、ウォーリーという異物(外世界の汚染)を取り込んで、新たなシステムを生み出すはず(→unchangeを保とうとするオートパイロットたちの異物排除の原理):群衆・宇宙船という生物
 →誕生するのはおそらく人間だ:ジョンたちの持つ象徴性・ウォーリーの異物を直接吸い込むモーの変化・WALL-Rも然り(伝染・模倣)
 →自分の足で立ち、「HAL」的なものを殺すキャプテン(『2001年宇宙の旅』)
 →マザー・アースへの帰還とそれによる新生(注:『ポニョ』との酷似、大衆的なものが向かう退行と新生)
・ついに実写の人間とCGが完全に同居した
 700年かけた人間→CG製クリーチャーへの暫時的変化(歴代キャプテンの写真)
 →「本物の人間を不自然でなく描くことができないCG」への明確な意識による逆転の発想、最強。
・「見つめること」が世界を拓く
 ウォーリーにとっての『ハロー・ドリー!』
 イヴにとってのウォーリー・炎・自分の記憶映像→回復者・創造者としてのイヴの誕生、ウォーリー化、つまり「人間」化
 最終的にみながウォーリーになる(裏を返せば、ウォーリーは最初から人間であった???)
 →「さあ、人間(地球)をまた始めよう」
 「見つめる」こと、目に何かが映ること、それだけで主人公たちの内面がわき出してくる
 →「映画を観て人間のことをきちんと学びましょうね」と言われているような気がしてしまう(妄想)
・演出の見事さと不満
 [見事] 宇宙飛行・ダンス:地上における、ウォーリーの、飛行するイヴに対する眼差し/消化器/ロケットの日常的な噴射が二人を祝福するかのように思えてしまう
 [見事]無表情な際のロボットの表現豊かさ
 [どっちだ?]「手をつなぐ」「キス=電流」というモチーフ
 [不満]基盤を取り替えたウォーリーの記憶がすぐに戻ること(また最初からやり直すことが一番感動的なのではないか?)→違うかも
・壊れたロボットと精神病院
・ホワイトハウス記者会見室のようなところで話すBNLのCEO
 →わかりやすい皮肉でもこれほどの規模でやられてしまうと……(BNLの世界しか出てこない徹底ぶり)
・なぜ今の時代にこれほどまでに豊かな「映画」が作りうるのか?
・CGであることを別に意識させない映像(ついにここまで):落下の無力さ
・ラストシーンの美しさ、情感豊かなクロースアップ
 →もしあの人間型をしたクリーチャーではなくてウォーリーの方こそが人間であったとするならば、基盤だけではない身体の記憶の動員(キスの電撃をきっかけとした)によってウォーリーの記憶が蘇ることは十分にありえるはずだ。『カーズ』に感じた違和感は車が人間にしか思えないことからくるものではなかったか?人間の傍らにいるものこそ真に人間らしいということはアニメーションでは当たり前ではなかったか?ウォーリーが「人間」でなければ、ラストのクロースアップから溢れ出るあの情感は一体なんなのか?

非常に複雑なアニメーション映画。製作者側に迷いがないことがこちらを戸惑わせる。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可  

トラックバック

http://animationscc.blog105.fc2.com/tb.php/187-ef70f980

 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。