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        2008-11-19        コワリョーフとタタルスキー、幻の長編『列車の到着』

ロシアの月刊映画雑誌『映画芸術』2007年12月号に、タタルスキーについて語るコヴァリョフの記事が載っていました。(ネットで読めるんですけど。)
この二人はロシア初の私営アニメーション・スタジオにして、現在もロシア最大でありつづけるピロットの創始者です。Animationsのホームページの読者にはこの二人が誰かなんて説明不要でしょうけど。

非常に面白いというか、
クロックでタタルスキーのドキュメンタリーを観たときに感じた、あの重苦しく悲劇的な感覚が蘇ってきて、少々胸が苦しくなりました。
ピロット・スタジオを訪問したとき、タタルスキーの遺影が至るところに飾ってあって、
死してもなおあまりに大きな影響力を及ぼしている彼自身に少々恐ろしくなったのですが、
(今年の広島も、言い方は悪いですが、タタルスキーの亡霊に取り憑かれていたような印象がありました)
このインタビューを読んで、納得しました。

インタビューの概略を紹介しようと思うんですが、今日のところはとりあえず、二人の関係が端的にわかる一節を抜き出してみます。

当然ですが、コヴァリョフの言葉です。

「僕たちのどこが違ったかって? 簡単だよ、僕らは創作に関して、違ったふうに成熟していったんだ。人間的にもね。サーシャ(※タタルスキーの愛称)はいつもなにか新しいことをしたがった。彼にはつねにアイディアがたくさんあった。僕は質問したものだ。「サーシャ、どうしてこのたくさんのプロジェクトにすぐ取りかからないんだ?」 サーシャは微笑んだよ。「おまえはバカだな、AからZまで全部自分たちでやる必要なんてないんだよ。僕らは始めるだけで、あとは人に教えて、彼らにやらせればいいんだ。ディズニーがやっていたみたいにね。」サーシャが工場のようなスタジオを作りたがっていたのは間違いない。学校も備えてるやつをね。ディズニーに続こうとしたんだ。
僕は自分のプロジェクトで、最初から最後まで全部、描くのもアニメートするのも、全部やる。全部自分の手でやる。わかるかい? 僕だってそうすることが好きだってわけじゃないんだ。僕よりもうまくやれる人がいるってのは知ってる。でも、任せられないんだよ、実を言うとね。
『ミルク』にとりかかったとき、こんなやり方はもうやめようと思ったんだ。「もう終わりだ。今回は他のやつらと組むぞ」、って。だから登場人物も変える必要があった。自分のスタイルに飽き飽きしていたから。『彼の妻はめんどり』からずっと同じだから。なにか完全に違うものがやりたかった。だから他の人たちを呼んだんだ。彼らがキャラクターを作った。僕は鉛筆を持ってその他人のキャラクターを動かそうとした。絶望したよ。自分のつたなさに。他人のキャラクターを動かせなかったんだ。いうことをきいてくれないし、生命も吹き込まれない。だから少しずつ、キャラクターを直しはじめた。ここをちょっと直そう。ここも。もうちょっと……結局ゴミ箱に捨ててしまった。自分のスタイルで作り直した。そしたらすぐに解決だよ。キャラクターが呼吸しはじめたんだ。」

ピロット・スタジオには伝説とされている作品があります。
『列車の到着』という幻の長編です。
コヴァリョフ(いやロシア語読みでコワリョーフとした方が正しいか)が脚本を書き、キャラクター・デザインをして、タタルスキーが監督をしようとした長編です。
コワリョーフがアメリカに行って、一人残されたタタルスキーのなかで創作の炎が消え(実際に素材がアクシデントですべて水浸しになってしまった)、放置されてしまった作品です。
タタルスキーはその一部を、クロック・レポート6でもちょっと触れた、ロンドンを舞台としたワニの探偵の長編に使おうとしていました。『列車の到着』への消えぬ執心がうかがえるわけですが、この長編も結局、10年の製作期間を費やしたにも関わらず、タタルスキーの死によって完成がまた遠ざかってしまったわけで、タタルスキーのコワリョーフへの「恋心」は今も成就せぬままであるということになります。『ベズウームニエ・バローシ』(直訳すると「狂った髪の毛」とでもなりますか)というタイトルのこの長編は、今年の広島の選考委員だったチェルノワが引き継いで、完成させるつもりではいるらしいですが、クロックで伝わる噂では、おそらく無理だろう、と。

『列車の到着』ですが、タタルスキーのドキュメンタリーでその一部が流れて、
バチコーンと頬を叩かれたようなショックを受けました。
コヴァリョフがここまでしっかりかかわっているというのは今回のインタビューを読んで初めて知りました。
1990年代にこれが実際に完成していたら、どうなっていたのだろう?

しかし、この『列車の到着』ですが、コヴァリョフは製作にとりかかる気があるようです。
まったく正反対の性格をした、それでも大親友だった二人。
コヴァリョフがアメリカへと渡ってしまったことでその仲は裂かれたわけですが、
タタルスキーの死を経て、もしかしたらふたたびつながるのかもしれません。

ノルシュテインの例といい、ロシアのアニメーションは寸止めや焦らしが大好きなようですが、
僕は『外套』と並んで、『列車の到着』の完成も首を長くして待つことにします。

ちなみに、コヴァリョフは『列車の到着』ではない長編作品に現在とりかかろうとしています。クロックで共同監督の方と会って、いろいろと話をきいてきました。詳しいことは近日公開のクロックレポート9で。

いやあ、クロックですが、本当に行ってよかった。
いろいろとみえてきました。

土居

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