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        2008-05-06        ソビエトアニメ劇場 プログラムD

ソビエトアニメ劇場 プログラムD 「ノスタルジー」

・『ガイドゥーク』(1985、ユーリー・カツァプ、レオニード・ゴロホ)
切り絵ですし、見た目は完全にノルシュテインっぽいんですけど(『アオサギとツル』)、悪魔(の仮面?)の造形のすばらしさ、動物たちの猪突猛進ぶり、水面に映る月の光の美しさ、そしていいかげんな物語の展開のしかた、これら全部あわせて結構魅力的な作品になっています。民話をベースにしたものって、その物語に親しんでいない人が見ると、なんだか突拍子もなく思えてしまいますね。でも、たくさんの人が長いこと語り継いできたということだけあって、やっぱり独自のロジックがしっかり通っています。わけがわからないまま、でも惹き付けられる磁力を感じてしまうのは、それゆえなのではないかと思ったりしました。

・『ビッグ・テイル』(1980、レイン・ラーマット)
真面目で突進力のある人、でもちょっとユニークな性質をもった人は、ときおりものすごい力を発揮してしまうものです。この作品は面白い。さきほどの民話の話と同じく、理解不能ながら、明らかになにかの筋が通っている。主人公の巨人や、その敵の悪魔の造形なんて、なんでこんなおかしなものにしたのかよくわからないのですが、ものすごく説得力がある……きちんと自律したラギオニ的な悪夢世界。これを大きなスクリーンで観れたのはすごく幸せなことです。(今日はバウスの1で上映だったのです。)あの巨大でキモい怪物のどアップがたまらなく愛おしいです。ほんとに邪悪なんですもの。「ああ、邪悪だなあ……」としみじみ感じていました。巨人が戦争を助けるという話なのですが、ほんとに巨人なので人間(?)どもは楽勝で倒せます。スコップで土を掘り返すかのような軽やかさ・作業感でホーイと人間が死んでいきます。こういう作品って、全世界的な平準化が進む今では絶対につくれませんよ。ほんとに不思議で、とても魅力的な作品です。

・『魔法にかけられた鳥』(1985、ハルディ・ヴォルメル、リホ・ウント)
これもまた不思議な作品……魚とりマシーンたちの島のお話(たぶん)。話の常として出来の悪いやつが一人いて、魚をとるどころか魚の遊び道具になってしまったりするんですが、彼は自分の役割をきちんとこなせないかわりに(こなせないがゆえに)、他人になり、他人と共感することができます。存在の柔らかさ。みずからのうちにさまざまなイメージを宿らせることができます。実際のところ、自分の役割をきちんとこなせるやつらは、機械でしかないわけですし……。現代にも充分説得力をもつほどにこの作品は骨太です。

・『夜』(1984、ウラジーミル・ペトケーヴィチ)
アニメーターに「A.ペトロフ」って書いてありました。絵柄が『雄牛』のペトロフそのまんまでした。なのでアレクサンドル・ペトロフがアニメーターをやっているんだと思い込んだまま観ていました。(プラトーノフ原作だし……)陰影表現の見事さと、背景を構成する小道具たちの微細な揺れ……ピンスクリーン的な繊細さがありました。夜がきて、子どもは「自分はだれ、ママはだれ、かぶとむしはだれ」と問いつづけ、家の外まで徘徊します。木も土もなにもかもを人間として捉え、でも実際には人間ではないので、人間にしてみたとしても違和感は残ります。その決定性と不安定さのバランスが、手法のもっている可塑性とマッチしています。ああ、アニメーター時代のペトロフ作品は素晴らしいものに違いない、家に帰ったらチェックしないと……と思っていたのですが、確認してみたら、このA・ペトロフはアレクサンドルではなくアナトーリーでした……まじかよ。ほんとに?

・『プリッチオ』(綺想曲)(1986、イーゴリ・ヴォルチェク)
これも映像の質がたまりません。回想と現実が入り交じる構成で、当然のことながら夢うつつな世界になっているのですが、それゆえに世界があまり安定しません。切り絵とドローイングを混ぜこんだり、極端なクロースアップを挿入したり、見え方を違うものとするための様々な工夫がみられます。光の暴力性が僕は気に入りました。ゴーって感じなんです。カメラの引き・寄りもすごく効果的で、これは物理的なカメラを実際に動かしているからこそ生まれるぎこちなさなのでしょうね。アナログの力です。同じ電車ものですが、"Madame Tutli-Putli"よりもこっちの方が断然良いです。

・『祖国の樹』(1987、ウラジーミル・ペトケーヴィチ)
またしてもペトケーヴィチさん。ペトロフさんも再び。木が水となり、大地と人間が混ざりあう……それゆえに今度は『おかしな男の夢』を思い出したのですが、何度もいいますが別人でした。文化的バックボーンがしっかりしているからこそつくりうる、骨太作品。

・『飛翔』(1973、レイン・ラーマット)
わかりやすいなー

・『人になるには』(1988、ウラジーミル・ペトケーヴィチ)
ラストもペトケーヴィチさん。地獄でいたずらするのにこりごりになった悪魔が地上に出て改心し、人間になろうと教会を訪れるのですが……人間たちの「自分のしていることをわかってなさ」が途方もなくすごく、よくもまあここまでいろいろなアイディアを詰め込んだな、という感じ。全部さりげなく入っているのですよね、しかも。結局地上の人間世界も地獄とあんまり変わらなかった、みたいな感じで、すごく切ない気持ちになります。基本的にはユーモラスなんですけど、かなり骨太(今日三回目ですね使うの)なメッセージを隠し持っています。悪魔が描く十字架だったり、はたまたその悪魔は本当は精神を病んだ人間なのではないか、と思わせたり……もうちょっとじっくりと向き合ってみたい作品です。この監督、結構いいかも。

そんなわけで、Dプログラムはおすすめです。

ソビエトアニメ劇場

土居

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