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        2009-02-28        「日本アニメーション学会 理論・歴史研究部会主催 公開研究会」

昨年末に開催された「デジタルアニメーションの現在形」に引き続き、日本アニメーション学会の理論・歴史研究部会主催の公開研究会があります。わたくし土居も今回はどっぷりとプレゼン側に回りますので告知させてください。まあ、まずは読んでくださいよ……告知文の下でまたお会いしましょう。

ーーー

「日本アニメーション学会 理論・歴史研究部会主催 公開研究会」開催のお知らせ

 日本アニメーション学会理論研究部会・歴史研究部会では、理論・歴史にこだわることなく、アニメーションに関する幅広い議論の場の形成をめざして、下記のとおり研究会を公開で開催いたしますので、ご参加いただけますよう、ご案内申し上げます。

◆日時:2009年3月14日(土) 14時~17時
◆場所:日本大学芸術学部江古田キャンパス 東棟1階 E-102教室
(最寄り:西武池袋線江古田駅 北口より徒歩3分)
案内図:http://www.art.nihon-u.ac.jp/about/campus/map.html
(「江古田キャンパス」平面図の上方にある裏門(南門)から入場)
◆参加費:学会員、一般参加者とも無料です。
◆プログラム:以下の3つのセクションで構成されています。

1)上映と解説
 土居伸彰(東京大学大学院)「越境するアニメーション--ソユズムリトフィルムを中心に」

○要約
 国や地域、社会・政治体制、個人のフィルモグラフィーの枠内で語られがちな海外のアニメーションではあるが、実際にはその境界を越えて、さまざまな関係が錯綜している。そこで今回は、旧ソ連圏のアニメーションにおけるその複雑な絡み合いについて、フョードル・ヒトルーク以降のソユズムリトフィルムを出発点として、現在の金融危機後のロシア・アニメーションの展望という終着点に向かって考えていく。作家間の影響、社会・検閲制度と個人表現、エストニアやウクライナといった隣国との交流、社会主義と資本主義など、さまざまな関係性について考察することで、今後アニメーション研究がほどいていくべき様々な解れを提示することを目的としたい。

○上映予定作品
『霧の中のハリネズミ』(1975) 監督:ユーリー・ノルシュテイン
『妻は雌鳥』(1989) 監督:イーゴリ・コワリョーフ
『I Feel a Lifelong Bullet in the Back of My Head』(2007) 
監督:プリート・パルン、オリガ・マルチェンコ(オムニバス・アニメーション『Black Ceiling』(2007)から)
(他1作品)


2)研究発表
 須川亜紀子(青山学院大学)「魔法少女TVアニメーションの「フェミニスト・テレビ学」的読みの可能性」

○要約
 日本では1980―90年代にかけて、フェミニズムは女性学のオルタナティヴとして使用され始め、女性に纏わる様々な研究がなされてきた。メディア研究分野においても、フェミニズムは「ジェンダー本質主義」としての女性ジャンル研究を手始めに採用された。アニメーション作品もジェンダー表象や視聴者調査に関するメディアテキストとして、特に90年代以降は「ジェンダー研究」の枠組みで研究されている。特にテレビ研究は、映画研究に比べて後発だが、カルチュラル・スタディーズにおいて重視されている女性メディア研究の一つである。
 本発表では、日本の少女向けアニメーション作品群である「魔法少女TVアニメ」というジャンルをとりあげ、日本における「フェミニスト・テレビ学」的アプローチに対する可能性を探る。その具体例として、70-80年代の人気魔法少女TVアニメ『魔女っ子メグちゃん』、『魔法の天使クリィミーマミ』の作品分析と視聴者調査の一部を紹介し、考察する。

3)討論会
 テーマ:「アニメブーム論」の試み
 討論者:原田央男(霜月たかなか)、小川敏明、津堅信之、土居伸彰

○要約
 日本のアニメの歴史や特性を解読する際、「アニメブーム」という語が頻繁に使われるが、「アニメブーム」の定義や時期については、さまざまな見解があり、論者や研究者間で統一がとれていない。このことが、日本のアニメ史研究にとって重要なテーマであるアニメブーム研究を進める上で支障をきたしている。
 この討論会では、こうした現状を受け、研究者という視点から少し離れて、アニメファンがブームをどう受容していたのかという視点から出発し、複数の世代を交えて、ブームの特性や意義を議論するものである。このため、「鉄腕アトム」、「宇宙戦艦ヤマト」、「機動戦士ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」の各作品放映時に、それぞれ少年~思春期にあった4人の研究者が、当時を回想しつつ、「アニメブーム論」を試みる。

◆参加方法
 以下の申し込み用アドレスにて、事前に参加申し込みをお願いいたします。お名前、ご所属、アニメーション学会員/非学会員の区別、連絡先(電子メールアドレス等)を明記の上、お申し込みください。なお、当日直接お越しいただいても、参加定員(約100人)に達していなければ、ご参加いただけます。
 参加申し込み用メールアドレス:sympo08@jsas.net

ーーーーー

Animations的な大注目は第一部の上映&解説です。上映のプログラミングと解説をやらせてもらいます。パルン&マルチェンコ夫妻の初コラボかつ『ガブリエラ・フェッリ~』(今日この作品のこと思い出して涙目になりました)への橋渡し的小品『I Feel a Lifelong Bullet in the Back of My Head』(木炭です。短いですがインパクト大です)、日本でしばらく上映されていないコワリョーフ(コヴァリョフ)の単独監督処女作『妻は雌鳥』、ノルシュテイン永遠の名作『霧の中のハリネズミ』、そしてあと一作品(諸事情あって名前は伏せておきますが、Animationsの熱心な読者の方ならわかるはずです……)をフルで上映しつつ、僕が解説を加えます。
しかし今回はいつも僕がAnimationsでやっているような作品「内部」についての話はあまりしない予定です。むしろ作品・作家を取り巻く環境の話をします。ロシア・アニメーションの現状を話しますし、パルンと権力との関係性についてこれまであまり知られていなかったことを話します。コヴァリョフ作品が好きなら「おっ!?」と思ってしまうようなちょっとした映像も流すつもりです。つまり盛りだくさんってわけです。興味深く聴いていただけると思います。話したいことはたくさんあるんです。でも上映と解説あわせて一時間の時間制限があるので、ちょっと迷い中です。

さらに迷い中なのは第3部ですよね。初めて「アニメ」について話します。僕はエヴァについて話します。まだきちんと内容は決まっていないのですが、笑える話になればいいと思います。まあでも、話せることは結構たくさんあるんですよ……

つまり第1部、第3部とも、不慣れなことをやります。僕が崩壊していくさまを笑いにきてください。

そういえば、公開勉強会、続々と参加表明が届いてきてとても嬉しく思っています。中には勉強会に臨む熱い思いをしたためてくださる方も複数名いて、ニヤニヤしながらメールを読ませていただいています。
上映後には簡単ですがトークもやる予定です。必ずしもご希望に沿えるとは限りませんが、「こんなことを話してほしい」ということがもしありましたら、ついでに書いていただけるとありがたいです。参考にさせていただきます。
こういうかたちで活動をしていますと、どうしてもこちらからみなさんへと一方向になりがちですけど、こちらとしても刺激が欲しいんです。だからこそ勉強会をやるのだ、というところも個人的にはありますので。(参加表明をいただくだけでも、「読んでもらっているのだなあ……」と感激しきりです。)

あと来週にはもうひとつ、僕絡み&短篇アニメーション絡みでお知らせできるはずです。
というか、これなんですけどね。
はい。やっと出ました。ラーキンもパルンもノルシュテインもドリエセンもマクラレンもフィッシンガーもレン・ライも、ディズニーだって出てきますよ。計54ページ、原稿用紙にして90枚近く、たっぷり書かせていただきました。書店でみかけたら速攻で買ってください。でも僕もまだ現物持ってないんで、ほんとに出てるのか不安なんで、手にしてから、確かめてから、また来週にきちんとお伝えします。

今年はほんとにいろいろある年だなあ!!

土居
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        2009-02-26        Animations公開勉強会vol.0~16mmフィルムでアニメーションを観る

以前から告知していた、Animations公開勉強会vol.0開催のお知らせです。

3/23(月)18:30頃開場/19:00開演(21:30終了予定)
会場:野方区民ホール(西武新宿線野方駅徒歩3分)

都内ライブラリーから16mmフィルムをレンタルして上映イベントを開催します。
山村浩二お蔵入り16mm作品の上映もあります。
参加申し込みは今日から受付開始です。
申し込み方法など詳細についてはこちらをご覧ください。

200人以上入場できる会場ですが、そんなにたくさんくるわけないことはわかってますからね?
ゆったりと観ましょう。
もちろん、会場が一杯になるくらいにたくさんの方の御参加いただければこれほど嬉しいことはないですけれども……

また、もうすでにお気づきの方もおられると思いますが、
reviewにジョナス・オデル他監督『リボルバー』の短評を掲載しています。
執筆者の田中美妃さんは藝大大学院の山村ゼミの学生です。

about us内のcontactページにひっそりと書いてあるので
気付いていない方もおられるかもしれませんが、
「評論」「レビュー」のコーナーでは以前から投稿を随時募集しています。
こちらの方にも、皆様からのご参加をお待ちしております。

土居

        2009-02-23        『つみきのいえ』アカデミー賞受賞から発展して広がっていこう

もうみなさん各種報道にてご存知の通り、第81回アカデミー賞短篇アニメーション部門にて、加藤久仁生『つみきのいえ』が受賞しました。日本人としてのノミネートは山村浩二『頭山』以来二作目、受賞となると日本人初です。おめでとうございます。これで少しでも多くの人が短篇アニメーションの可能性に目を向けてくれるようになればいいですね。
いわゆる「アニメ」以外の領域を指して「アート・アニメーション」などという呼称がされることもありますが、それはおそらく異質なものを呼びまとめる蔑称のようなものでしょう。アニメーションはアニメーションです。個人的には、アニメーションという総体のうちに「アニメ」や「カートゥーン」といったジャンルがある、と考えた方がしっくりくると思います。(一部報道では、『つみきのいえ』の受賞に関して「日本アニメの底力を見せた」などという言い方がされているようですが、それは明らかに間違っているでしょう。)

ただし現状として、一般的に考えられているアニメーションの概念からは抜け落ちてしまっている莫大な領域があり、そこにあえて目を向ける作業が必要となっている状態であるのは確かです。

『つみきのいえ』で普段あまり目にされることのないオルタナティブなアニメーションの可能性が気になりはじめた方がいたら、もちろんAnimationsもチェックしてほしいのですが、今年に入ってから活動を始めた二つの団体にも注目してほしいです。

一つ目はpigeonです。
Animationsも「in広島」のイベントでとてもお世話になりました。
以前から行われている武豊アニメーションフィルムフェスティバルの開催に加え、
今年からはアニメーション・レーベルとしての活動も始めるようです。

二つ目は「読むアニメーション」です。
今月に第0号「森卓也の系譜」が発売されました。
日本のアニメーション事情をお届けするリトル・プレスです。デザインも素敵です。
5月頃発行予定の第1号では、山村浩二の大特集が企画されています。
インタビューに立ち会わせてもらっていますが、面白いものになりそうです。
このリトルプレスに関しては、また今度改めて紹介します。
熱量のこもった素晴しい雑誌だと思います。これで1000円は安い!
ここで買えます。(詳しい内容紹介付き)

今年は各所でいろいろなイベントが企画されているようです。
「アニメーション」にとって重要な年になりそうな予感がプンプンしています。

僕個人の『つみきのいえ』に対する感想は、ここここ、もしくはここに書いています。

土居

        2009-02-22        東京工芸大学セレクションプログラム&恵比寿映像祭「Animated Visions」

今日はハシゴしてきました。
六本木ヒルズは嫌いです。

まずは工芸大の卒制セレクションプログラム、目を引いたのは三作品。
『向ヶ丘千里はただ見つめていた』(植草航)。動きの活きの良さを感じました。でもたぶん違う文脈におられる人の方が高く評価するようなものだと思います。
『COSMIC』(一瀬皓コ)は『ウシニチ』でおなじみの方の新作。ちょっとびっくりしました。あの世の星とこの世の星のふたつを舞台にした、宇宙スケールの作品でした。あの世の世界で幸せそうに暮らす男女二人、しかし謎の鳥に一方が連れさられ、この世の星で赤ん坊として新生する。この世の星で死ねば、またあの世の星に戻り……二画面分裂で展開しただけでも「おおっ」と思うのに、この作品は三画面に分けました。愛する人が帰ってくるのをけなげに待つ片方。そのさみしさ、空虚感の表現のために一画面を用意しているわけです。誰もいない画面を。一瀬皓コの良いところは、世界を俯瞰で見れるところ。必ずしも文字通りの俯瞰ではなく、個別のモチーフを距離を置いて見ることができることです。ユーモアにとってとても重要なことだと思います。俯瞰で映し出された世界には、さらりと残酷なことが描かれ(だって死なないと二人は一緒になれないわけだから)、それでいて全体として愛らしさもまた感じることができる。広島で観たドニョ・ドネフの作品を思い出しました。無理矢理構成してまとめた感の感じられた『ウシニチ』に比べると、構成力がグンと伸びた印象があります。もう一段階進歩すれば、面白いことになるかもしれない……
もう一作は『Lizard Planet』(上甲トモヨシ)。前の二作に比べて、断然良くなっている印象でした。宇宙にうかぶトカゲの星が辿る宇宙時間のお話。これもまた宇宙。タイムラインは明確で、原始の海的な世界→人工物の世界→滅亡後の世界という順を追っていく訳で、これ自体は特に目新しいこともないアイディアなわけですが、原始の海的世界と滅亡後の世界の両者における、星たちのバラバラ具合にグッときます。なぜトカゲなのかあまりよくわからないこと、人工物の世界での付和雷同的運動の見せ方が押し付けがましいこと(それこそ一瀬的に俯瞰を保った方が良かったのでは、などと思いましたが)、そういった「?」要素もありますが、基本的にはしっくりと来て結構楽しめました。

それにしても六本木ヒルズは嫌でした。アカデミーヒルズか。なんだよドレスコードって。雪駄お断り、ってなんだよ。(別に俺が雪駄履いていたわけではないけど。)あーいやだ。『Lizard Planet』の展開みたいにさっさと滅亡しちゃえばいいのに。

その後恵比寿に移動して恵比寿映像祭。愛知文化芸術センター制作委託作品集。石田尚志x辻直之x大山慶の特集上映。石田尚志『フーガの技法』はずいぶんと久しぶりに観ましたが、これでもか、これでもか、と畳み掛けてくる過剰さはすでに原曲を超えています。個人的にはこの作品が一番好きです。辻直之『影の子供』は冒頭の一分間が歴史的瞬間です。アメーバのような、水滴のような、生命感あるなにものかがぐにゃりぐにゃりと動きつづけるだけ。アニメーションのある種のあり方をこれほどまでに的確かつピュアに具現化したイメージはないのではないでしょうか?そこからすべてが生まれるなにか。エイゼンシテインの言う原形質性そのもの。キャンバスに木炭で描画するだけの辻作品において、『影の子供』はその表現が最も深化したものになっているように思います。木炭の黒は、1.輪郭線の黒、2.邪悪なものの具現化としての黒塗り、3.無限の無であるような瞳の黒、三種類のものとして知覚されます。(ある意味でクルメの作品を思い出しもします。)涙が起こす決定的変容もまた素晴しい。容易には分析・分類しきれない豊かさが、辻直之の木炭にはあります。ベース一本だけを用いた音響設計の素晴らしさも特筆すべきものあり。これもまた、辻直之の木炭のよう。しかし新作『エンゼル』には驚きました。なんだかすっきりして、世界も晴れやかになって、幸せになって、輪郭線もぶっとくなって。木炭の流動感を後景に退かせ、語りたいことをズンと前に押し出すような。そして大山慶の新作『HAND SOAP』の東京プレミア上映。こちらは本当に驚きました。アニメーションでこういう空気感が出せるのか、と驚嘆。実写じゃないのにこんな光と影のきらめきのようなものが出せるのか、と。……やはり日本の若手のなかでは頭ひとつふたつ抜けています。詳しいことはもうちょっとちゃんと観てから書きたいです。観たことない映像がいくつもありました。

『HAND SOAP』はしばらく観る機会がないみたいですが、工芸大はまだ明日もあります。詳しくは前回のエントリを。


土居

        2009-02-20        二月下旬のイベントなど

二月末と三月末は大変です。

今日から恵比寿映像祭が始まりました。(~3/1)
pdfで上映・イベントのプログラムがダウンロードできるようになりました。
便利です。
明日の16:00からのやつでお会いしましょう。

美大の卒制展もピークです。知ってる限りの情報ですけど。
2/20(金)~22(日)
東京工芸大学@六本木アカデミーヒルズ40
21(土)、22(日)
東京造形大学@UPLINK
2/28(土)、3/1(日)
多摩美術大学@原宿クエストホール

あれ、それほどかぶってない。
アニメーション以外のものも行きたい(行きたかった)ものがいろいろあるんだよなあ……

2/28からはデイヴィッド・リンチ・ワールドがライズエックスでやります。
アニメーション作品多いです。

来月末は大変ですよ。20日~22日あたり。
カナダアニメーション@フィルムセンター、ラピュタ・アニメーション・フェスティバルのイベント系@ラピュタやザムザ、韓国アニメーション特集@アップリンク、イジー・バルタ講演@ムサビ。やめてー

3/23のAnimations第0回公開勉強会については来週中に詳細をお知らせします。

パルンの『トライアングル』の影響を受けてロシアやアメリカで作品を作っているある作家の単独監督処女作が観たい方や、ロシアの子供たちの無意識に刷り込まれている(であろう)作品を観たい方、新作が素晴しいと書いたばかりの作家の新スタート的小品を観たい方は3/14を空けておくといいかもしれません。

土居

        2009-02-17        プリート・パルン新作『ガブリエラ・フェッリのいない生活』、観てきました。

ラピュタさんから試写状を送っていただき、
本日、パルン5年ぶりの新作『ガブリエラ・フェッリのいない生活』を観てきました。

『ニンジンたちの夜』『カール・アンド・マリリン』が少々不満なのは、
描かれているものがなんだか対岸の火事のような感じだからで、
描かれているテーマも試みも面白いし興味深いのに、
なんだかパルンのパチもんのような気がしてしまうところでした。
(ある一定の「ポスト・パルン」作家の作品にも感じてしまうこと。)
今回の新作、パルンの新しい幕開けにふさわしい傑作だと思いました。
デジタル技術が導入されて以降のカメラの動きの緊張感は消えました。
それは僕にとってはかなりマイナスなのですが、もういいです。
始まりは『カール・アンド・マリリン』のあるシーンに酷似していて、少々不安になりました。
しかし、2~3分してからはもう何も気にならず、
「一体どうなるんだ!?」と画面を追っていくのに精一杯でした。

今作はパルン本人の葛藤が間違いなく練り込まれた、
かなり「プライベートな」作品のように思いました。
(誤解されるといけないですが、『草上の朝食』も『ホテルE』も僕にとってはパルンの「プライベートな」作品です。内容が「対岸の火事」ではないのです。)

一回だけじゃとてもすべてを捉えきれないので、
(いろいろなものが絡み合って、でも一つの筋がビーンと通っている)
ちゃんとしたレビューはフェスが始まって再見してから書きます。
(ほんとは書きたいことがいっぱいあるんですが……)
今回、それほど派手ではありません。(よく考えるとすごく派手なのですが。アニメーション表現の自由さを再確認しました。動きで語る彼の本性が再び発揮されています。)
わかりやすいカタルシスはないんです。結構静かな作品です。(変なことばかり起こっていますが。)
でも、抑制されたやり方で、説明文にもあるような「ハッピーエンドのようなもの」が起こります。
見終わってからしばらく、
ズーンというかドーンというか、リバーブのかかった反響(正しくない言葉遣いですけど)が僕の中に残りました。

噂によれば、4月には次の作品も完成するそうです。
60歳を超えてもまだ自分自身を更新しつづけるパルンは本当に素晴らしいと思います。

第9回ラピュタアニメーションフェスティバル2009
公式ページにスケジュールなどついに情報が出揃いました。
パルンの新作(もちろん旧作も)必見です。

土居

        2009-02-17        文化庁メディア芸術祭「アルス」「シーグラフ」「シーグラフ・アジア」上映作品リスト

残りの上映プログラムの作品リストもいただけました。
「シーグラフ」で『プレスト』が流れた覚えはないので、上映されたものそのまま、というわけではないようですが。

「アルス・エレクトロニカ」
Madame Tutli-Putli (Computer Animation Golden Nica)
Pollstream (Hybrid Art Golden Nica)
Blue Remix (Hybrid Art)
reactable (Digital Music Golden Nica)
Absolut Quartet (Interactive Art)

「シーグラフ 2008」
Carbon Footprint
Do Penguins Fly?
Digital Domain
My Little Angel
Tarboy
Bolides
Presto
Little Huntress
Our Wonderful Nature
Shatter
Blind Spot
The Golden Compass
A Faery's Tale
Baerenbraut
Sony Pictures Imageworks
The Moment
Bridgestone
Scream
Appleseed: Ex Machina
Renkan
Towers in the Tempest
Simulating Cloth at the Yarn Level
The Chemical Brothers "The Salmon Dance"
Mauvais Role
Anima Facta Est
Fight for Life
Glago's Guest
My Happy End
Oktapodi
893
Team Fortress 2: Meet the Engineer
Madagascar: Crate Escape - Crash Landing Sequence
The Plush Life
Blue sky Studios: Nuts

「シーグラフ・アジア 2008」
Jungle Jail (Bruce Nguyen Van Lan, Aymeric Palermo, Hugo Cierzniak , Mathieu Arnoux )
Heavy Duty(Jung-Peng Chiou, Teddy Yang)
Mindplotter(Jan Bitzer, Ilija Brunck, Tom Weber)
Blizzard Entertainment®’s StarCraft® II Announcement Teaser(Nick Carpenter)
The Moment(Verena Fels, Csaba Letay)
Hugh(Sylvain Nnouveau, Mathieu Nnavarro, François Pommiez, Aurore Tturbé)
DELHAIZE(FRAGGLEBOO(Jeff Bourrel & Jérôme Calvet))
They will come to town(Thilo Ewers)
E.T.A.(Henrik Bjerregaard Clausen)
Harmonix 'Rockband'(Pete Candeland)
Blind Spot(Johanna Bessiere, Nicolas Chauvelot, Olivier Clert, Cécile Dubois Herry, Yvon Jardel, Simon Rouby)
Lawson - Well Done(Timm Osterhold)
BBC iPlayer 'Penguins'(Vince Squibb)
Oktapodi(Julien Bocabeille, Francois-Xavier Chanioux, Olivier Delabarre, Thierry Marchand, Quentin Marmier, Emud Mokhberi)
KUDAN(Taku Kimura)
This Way Up(Smith & Foulkes)

こういったデジタル系フェスティバルのプログラムは、
最新のもの・流行のものを明らかにしてくれるという意味で面白く観れました。
それと比較すると、「アヌシー」プログラムはデジタル系の悪いところばかり吸収してしまっているような印象を受けました。

土居

        2009-02-16        恵比寿映像祭上映プログラム詳細

非常に見にくいことで評判の恵比寿映像祭の公式サイトですが、
(日程ごとの上映プログラムを見渡せるようなものが存在していないような……まあ、一回目ですので)
上映プログラム&イヴェントの日程に関しては、
チケットぴあの前売り情報のページがとてもわかりやすいです。
これと公式ホームページの「ジャンルから探す」→「上映」という順番で辿り着けるページを照らし合わせると、
イライラもちょっとは解消されます。

上映プログラムのフリーパス割引などがなくて正直ちょっと動揺していますが、
さらにいえばイヴェントの詳しい情報がどこにもなくて不安なのですが、
なかなか興味深い祭だと思うので、みなさんもバシバシ参加しましょう。

(それにしても、簡易バージョンのホームページを用意してほしい……)

土居

        2009-02-14        オタワ・プログラムから"The Control Master"(Run Wrake)

 ラン・レイクの近作『ラビット』も『ザ・コントロール・マスター』も、基本的には少々時代遅れの材料を用いて、それが現代の文脈とぶつかっていかなる火花を立てるのかを問題とする。
 ジェフリー・ハイマンによる子供向けの知育イラストを発掘して制作された『ラビット』は結果的に、「強欲が美徳であると思われがちな時代」(ライク)に対する強烈な教育を施すような作品となった。自然・生命を粗末に扱い、偶像と金品に魅せられた子供たちが辿り哀れな末路を描いた。
 『ザ・コントロール・マスター』では、1950年代アメコミ・ヒーローが体現していたもののうさんくささが明るみにでる。ここでもまた火花が散るのだ。ライクの仕掛けは、スーパーヒーローの登場シーンに施されている。彼は広々としたゴルフ場の併設されたいかにもブルジョア的な大邸宅に暮らし、被害を受けた大都市から遠く離れたところに悠々自適に暮らしている。それが現代に住む我々に与えるのは違和感以外の何ものでもない。金と強欲が支配するあの街を壊す悪者の方が、むしろ何かしらの意見の代弁者であるような……そりゃそうだ、ここに描かれているのは、テロの話なのだから。本当に役に立たないヒーローには笑わされる。女ヒーローと対比させられながら最終的には自滅の伏線を自ら貼ってしまってさえいる。ライクの一貫する隠れテーマであるメタモルフォーゼの快感(誕生であるよりもむしろ本当の正体が明るみに出されるかのような)もまたある。結局悪者もヒーローたちも最終的には死んでしまい、どちらに従うべきなのか観客は放り出されたまま。笑えるが、非常に切実で、よく考えると途方に暮れてしまうようなエンディングである。いったい何を信じれば?
 ラン・レイクの初期作品は日本でDVDも出ており(『ラビット』は含まれず)、クリス・ロビンソンのオールタイム・ベストの一本であるという『Jukebox』も収録されている。彼の非凡なアニメートのセンスを満喫できる。心地よいアシッド感のあるメタモルフォーゼとループが特徴的な初期作品だが、『ラビット』に関するインタビューのなかで、レイクはムーミンの影響を挙げていた。そのなかにを入れるとあらゆるものが変化する帽子が幼少期のイメージとして残っているらしい。そして前述のDVDのインタビューで影響を受けたアニメーションとして挙げているのは「ベティ・ブープ」。今観ても最高に格好いいあのシリーズは確かに、ループとメタモルフォーゼと都会性に満ちあふれていて、そのチョイスになんだか納得してしまう。このようなかたちで息づくアニメーションの伝統というものもあるのだと、目を開かされる思いだ。

ラン・レイク オフィシャル
こっちでは『ザ・コントロール・マスター』全編視聴できます。

土居

        2009-02-13        オタワ・プログラムから"Chaisaw"(Denis Tupicoff)&ジョナス・オデル

 『チェーンソー』においては、ビジュアルのスタイル自体は実はあまり問題にならないように思える。ロトスコープを多用したこの作品には、もしかしたら「アニメーションなのか?」と疑問を抱いてしまうような人もいるかもしれない。しかしここで重要なのは「語り」の方であり、それをサポートするという意味において、このようなグラフィック性は非常に効果的だ。『ウェイキング・ライフ』や『スキャナー・ダークリー』といったリンクレイターのロトスコープものをどう評価するのか、という話になってくるかもしれないが、俺個人としては、これらの作品は、ひとつの世界認識のあり方・世界の描き方として充分に有効であるように思う。基本をグラフィックにすることによって、リアリティの変化が簡単につけられる。ロトスコープの精度を場面によって変えることができるし、回想としての実写映像もマッチする。『ウォーリー』は力技で実写とアニメーションとの橋渡しをしたが、『チェーンソー』はリアリティの差の表現の一端として、両者をうまく調和させる。(それにしても、実写映像の方が夢・過去・回想になりアニメーションの方が現実になりえるなんて……)手に汗握るシーンでは書き込みが細かくなり、人物の表情は際立たせられる。(さまざまなキャラクターによって繰り返される微笑みは、この作品を語るためのひとつのキーワードになるだろう。)
 そして実際、この作品自体もまた、それぞれが観る夢のギャップが生み出す悲劇を描き出している。チェーンソーのトレーニング・ビデオに登場するフランクとアヴァの二人は、まさに理想の仲良し家庭といった描き方をされている。フランクは自分の生活が実際にその通りであることを疑わず、一方でアヴァはフランクの知らない(知りたくもない)不倫関係にある。「チェーンソーは危険です。あなたの目を失明させ、耳を聞こえなくする恐れがあります。」冒頭に流れるCMはそう伝えていたが、フランクはまさに、自分の妻に対して目も耳も曇らせている。(彼の盲目は、無意識のうちに鳥の子供たちを殺し、その親の命がけの復讐にさえ気付かないその態度のうちに表現されている。)
 フランクはハートのなかで暮らしつづける。ロデオ場で妻と二人して写真を撮り、ハート型の額縁にそれをおさめる。愛する妻のもとに戻るフランクは、汚れたフロントガラスをハート型に拭き取って視界を晴らす。そして彼女の不倫を知った後には、ハート型に林を切り抜いて……『チェーンソー』は、最初から最後まで、無条件にそのハートを信じ込んでいた男の悲劇の物語だ。トレーニング・ビデオは物語の最後にも流れる。彼の理想の生活は、あまりに清潔であるがゆえにうさんくさくもあるその世界でのみ、永遠に繰り返されていく。泣ける作品です。

「チェーンソー」という名の牛、黒い鳥といった、理解不能な他者としての動物が登場していることにも注目してください。アニメーションには珍しい例です。といったように、作品自体が面白いのはもちろんのこと、それを支えるいろんな要素も、さまざまなことを考えさせてくれる興味深い作品です。

明日、メディア芸術祭オタワ・プログラムにてまた上映されます。

Chainsawオフィシャル

余談。
グラフィック性が物語を的確にサポートするという問題については、
たぶんジョナス・オデル(『リボルバー』で有名ですね)の最近の試みがとても興味深いと思います。
ドキュメンタリー、ロトスコープ、多様なグラフィック・デザイン……
2006年の傑作"Never Like the First Time!"に続く新作"Lies"はサンダンスの短篇部門グランプリを取ったようですね。
前作は自らの初体験について話す人々のナレーションにあわせてグラフィックを展開していく作品でした。
今回は、その制作過程で気付いたこと、「なんで実体験の語りでみんな嘘ついて虚飾するんだろう?」ということを着想とした映画らしいです。
非常に面白そう。早く観たいです。(しかしどこで?)
アニメーションと(文字通りの)語り。"I Met the Warlus"が記憶に新しいですね。日本でも『おはなしの花』がありました。オタワ・プログラムにも何本かあります。
こういう流れって、『ウェイキング・ライフ』(もっといえば"Daze and Confuzed")の影響あってのことなんですかね?

ちなみに。オデルのインタビューから抜粋。
「私の近作二本は、一般の映画祭で成功を収めましたが、アニメーション映画祭ではそうでもありませんでした。なのでオタワ・アニメーション・フェスティバルを除いては、私は最近、どのアニメーション映画祭にも参加していません。一般的に言って、映画祭というのはネットワーク作りであったり映画作家がインスピレーションを得るのにあたって非常に重要なものなのです。だから(オタワのように)芸術とビジネスの両方を促進しようとしている映画祭が、成功しているように思います。」

「私には最近のアニメーション・シーンについて語る権利はないと思います。近年のものはあまり観ていませんから。これから先、私に影響を及ぼしうるのは、異なるテクニックのあいだを流動的に動くアーティストでしょう。他の領域からアニメーションに入り込んで来る人々が増えてきています。実写、ドキュメンタリー、ファイン・アート、グラフィック・デザイン……同時に、アニメーション作家たちもまた、他の分野に移って、その後また戻ってきています。」

オタワプログラムはその傾向をビンビンに感じさせてくれます。

それにしても、ドンくんといい、オデルといい、既存のアニメーション映画祭では少々冷遇されているように思えるのが不思議でなりません。アヌシーの惨状をみるに、受け入れる側も、リテラシーをもっと身につける必要があるんだと思います。

最後に。
どなたか"Cattle Call"の素晴しさを分かち合ってはもらえませんでしょうか?
さみしいんですけど。

土居

        2009-02-12        恵比寿映像祭上映プログラム発表

恵比寿映像祭の上映プログラムがようやく発表されました。
どれも面白そうなものばかりで興奮してしまうのですが、
Animations的には以下の2プログラムに注目です。

2/21(土)16:00-
Animated Visions:石田尚志×辻直之×大山慶
[愛知芸術文化センター制作オリジナル作品傑作選]

→大山慶新作『HAND SOAP』が遂に東京で上映されます。本人のトークもあります。
『HAND SOAP』は造形大の修了制作(あのときは『テストステロン』って名前だったな)、京都での展示(あのときは『母子』)、あと去年の春頃にムサビで講演会をやって僕も司会させてもらったのですがそこで予告編流してましたね(あのときは『HAND SOAP』だった)。それ以降はまったく観ていません。非常に楽しみです。

2/24(火)16:00-、2/25(水)13:30-、3/1(日)16:00~
妄想の楽園 ブルース・ビクフォードvs黒坂圭太 日米アニメーションの奇才対決
→ちゃんとした形で紹介されるのは日本初? ブルース・ビクフォードの『プロメテウスの庭』が上映されます。去年ブログでも紹介した作家さんです。メディア芸術祭のオタワ・プログラムで相変わらずの新作が観れます。この作品DVD持ってますけど、30分弱、ずっとあんな感じでクレイアニメーションが続くわけですが、全然飽きません。ストーリーもあるのですが、全然頭に入ってこない。天然リズムの持ち主です。とりあえず予告編を!!
黒坂さんは年末にライブ・ペインティングをやっていて、それがすごく感動的でした。この方も天然リズムの持ち主。このプログラムを観た後は、きっと温泉に入ったあとみたいに身体が心地よくなると思います。楽しみ。三回もあるなんて!!!

土居

        2009-02-11        【予告】「Animations公開勉強会 vol.0」開催決定

簡単な予告です。

来たる3月23日(月)の夜、
都内某所にてAnimationsの公開勉強会の第0回を開催する予定です。
内容等の詳細については、決まり次第、追ってお知らせします。
(これまでのブログのエントリから内容についてはだいたい想像はつくでしょうが……)
フィルムセンターは休館日なので、カナダ・アニメーション映画名作選とどっちに行こうか迷うこともないと思います。

とりあえずのお知らせでした。

土居

        2009-02-11        メディア芸術祭 アヌシー、SICAF、CICDAF 上映作品リスト

メディア芸術祭の担当者の方から、アヌシー、SICAF、CICDAFプログラムの上映作品リストをいただきましたので、転載しておきます。

○Best of Annecy 2008 Award-winning films programme
My Happy End (Vitanov Milen) ドイツ、ブルガリア , 2007, 0:05:10 mins
Hugh (Navarro Mathieu, Nouveau Sylvain, Pommiez François,
Turbé Aurore) フランス、2007, 0:08:55 mins
Ona koja mjeri [She Who Measures] (Popovic Veljko) クロアチア, 2008, 0:06:50 mins
Moara (Simon BOGOJEVIC NARATH) クロアチア、フランス , 2008, 0:12:40 min
La dama en el umbral [The Lady on the Threshold] (Dayas Jorge) スペイン , 2007, 0:14:20 mins
Portraits ratés à Sainte-Hélène (Villain Cédric) France , 2007, 0:07:15 mins
KJFG No 5 (Alexeev Alexei) ハンガリー , 2007, 0:02:10 mins
つみきのいえ(Kato Kunio) 日本 , 2008, 0:12:03 mins

SICAF
The Pearce Sisters (Luis COOK) UK 0:09:17 ※グランプリ
A Coffee Vending Machine and its Sword (Hyung-Yun CHANG) Korea 0:29:00 ※特別賞
KJFG no. 5 (Alexey ALEKSEEV) Hungary 0:01:50 ※審査員特別賞
Red Rabbit (Egmont MAYER) Germany 0:08:00 ※学生作品グランプリ
Milk Teeth (Tibor BANOCZKI) UK 0:11:18 ※学生作品特別賞

CICDAF (すべて中国作品)
A Drunken Old Man's Adventure ※2004年度最優秀インターネット向け作品
Hitch A Ride ※2004年インターネット向け作品特別賞
The Pond ※2004年学生作品特別賞
A Mid-Night Story ※2005年学生作品審査員特別賞
An Umbrella ※2005年テレビ用作品特別賞
The Legend of Shangri-La ※2006年短篇部門グランプリ
The Stair to Heaven ※2006年最優秀中国学生作品
Idol ※2006年インターネット向け作品特別賞
Run Bunny Run! ※2007年最優秀学生中国学生作品
Kid Coming ※2008年審査員特別賞

オタワはここをクリックすると詳しいプログラムがダウンロードできます。

CICDAFの中国作品集、(確か)『偶像』という作品は、出来はともかくとして非常に熱いですよ!
笑っちゃうんですけど、熱意だけはビンビンに伝わってきます。
あれ、『天堂的阶梯』だったっけかな?
どっちだっけ?
ズキューンって感じのやつです。
二年前のメディア芸術祭で見た、『レッツゴー番長デッドオアアライブ完全版』を思い出しました。あれも熱い作品だった……

土居

        2009-02-10        平成20年度文化庁メディア芸術祭上映プログラム「ARS ELECTRONICA」

相変わらず上映プログラムが公表されないので今日も調べて書きます

アルス・エレクトロニカ
"Madame Tutli-Putli" (Chris Lavis, Maciek Szczerbowski)
"KUDAN" (Taku Kimura)
"Musicotherapie" (Amael Isnard, Manuel Javelle, Clément Picon)
謎 (フグがたくさん浮いてた)
"Please Say Something 1-10" (David OReilly)
"The Chemical Brothers ‘Salmon Dance’ " (Framestore CFC)
※ここからCMコーナー
"Farmers Insurance: Drowned Circus" (Weta Digital Ltd)
"LUX (Shine) Neon Girl" (Framestore CFC)
"Smirnoff ‘Sea’" (Framestore CFC)
※ここから映画の特殊効果コーナー
"I Am Legend" (Jim Berney)
"Spider-Man 3" (Scott Stokdyk)

最後の方の記憶はあやふやです。
それでは!

土居

        2009-02-09        オタワプログラムはどのように素晴らしかったのか?

あとできちんと書く、といっていたオタワプログラムの魅力について、簡単に記しておきます。

キーワードとなるのは情動、つまりエモーションなのだと思います。
もっと簡潔に言えば、肉体的な喚起の力です。
"The Heart is a Metronome"や"The Traveller"といった作品に感じた、ゾクりとするような異質なリズム。
あれは、どうも最近の多くのアニメーションとは、身体の違う場所で反応してしまっている気がしました。
オタワのプログラムを観て、その正体がわかりました。
身体に効くんです。心も身体も丸ごともっていかれる感触です。
(アヌシーにはそのような作品は一本もなかったです。)
ロック("A Letter to Colleen")やダンス音楽("Sponge Ice")が使われているということが一つの理由にはなると思います。
それ以外にも、手触り感やコラージュ感に優れた作品が多かった。
フィルムに直接インクをベトベトと塗っていったり("Sponge Ice")、パンパンベタベタと貼付けていったり("The Mixy Tapes")。"I Slept with Cookie Monster"の自由奔放な質感。
優れたモンタージュ技術を見せていた"Cattle Call"もまた、貼付けの歓喜を感じさせました。
広島のレビューの際に、突き抜ける力を持った作品としてレビューしたウロ・ピッコフの"Dialogos"(ラピュタでやりますね)。これは残念ながらオタワのプログラムには入ってないですけど(審査員特別賞をもらっています)、フィルム・スクラッチでした。
ほんとに、突き抜けている作品ばかりです。

こういった作品は、単に「スタイル」として古き良き手法に回帰しているのではないと僕は思います。
単なる勘違いかもしれませんが、作家自身が自らの身体性を取り戻そうとしているかのよう。
極端なことをいえば、拡散し惰性に流され何も考えないままになんとなく日々を過ごして気付いたら取り返しのつかないことになってしまう現代の眠りに落ちた慣性的・意識への抵抗です。

アーケード・ファイアという僕の好きなカナダのバンドがあります。
彼らの曲は非常にエモーショナルです。まさしく身体ごと持っていかれる感覚がある。
音楽なんてなんでもそうだろ?と思わないでください。
その「持っていかれる」質の違いを意識してください。
彼らの存在は、僕にとってはなによりも身体を奮い立たせることに直結していて、
彼らの音は、惰性的な自分に対する反逆の音として響きます。
ファースト・アルバム『フューネラル』に「Wake up」という曲があります。
まさに「目を覚ませ!」ということです。
「Rebellion (Lies)」という曲もあります。つまり、嘘だ!と反逆することです。
「眠ることは屈服することだ」という歌詞で始まります。
彼ら自身がどう考えているかは知りませんが、
僕にとっては、惰性によって犯されている身体を救出するための反逆の音です。
(両方とも、今ならmyspaceで聴けます。今回のエントリのBGMにしてください。)

情動(エモーション)とは、感情などの精神的なものも含みますが、
それよりもさらに深層の、意識によっては制御できない身体的・肉感的な情感もまた含む概念です。
アニメーションがそこに働きかけることは確かなんです。
でも、音楽と同じように、その質自体をきちんと見分けないといけない。身体で。
『ウォーリー』は情動的に働きかけることによって無理矢理のハッピーエンドを成立させるわけですが、この場合、情動は物語に没入させ感情的に昂らせるために、つまり作品へと呑み込むために用いられています。もちろんこれは危険です。惰性的な身体を、それとは気付かないままにさらってしまうわけですから。眠りに落ちた人々は、眠りに落ちたまま。

オタワプログラムとそれに類するものとしてあげた「異質な」作品群、そしてアーケード・ファイアの音楽は、ただ単に身体性を喚起して、目覚めさせるだけ。
なぜならそれはなによりも、自らの覚醒のための創作行為であるから。

"The Heart is a Metronome"や"The Traveller"が黒人のダンスを扱う作品であることは、身体性に関する今回の話とはまったく無縁ではありません。

また、ハーツフェルドの"everything will be ok"。
あの作品は、(そうとは気付かないままに)惰性的に生きている主人公の日常に、脳の大病とその予兆によってヒビが入る作品です。
突然、世界がすべて変化するのです。
最終的には主人公は病気から回復し、あの感動的なラストシーンを迎えます。
ただ単に降り注ぐだけの雨が、圧倒的な質感・熱量を伴って押し寄せてくる。
世界のすべてが輝く。
この作品もまた、なによりも自らの覚醒を謳いあげるものなのであり、
当初の予定ではアーケード・ファイアの曲が用いられるはずだったのは、
これもまた偶然ではないのです。

自らへの反逆がまずなによりも必要とされる時代だと僕は思います。
とりあえずは、自らが身体を持った存在だということに覚醒することが大事です。
身体のポテンシャルを舐めてはいけない。
(大山慶や和田敦の作品が身体をテーマとしていることもまた、偶然ではないのです。)

アニメーションの新時代とは身体性への眼差し(目じゃないんだけど)なくしてはありえないと思います。
これがないのならば、いくら新しい手法を用いていても、惰性の川に流されていくだけなのです。
無批判的な内省で自らをまるごと抱きしめている場合ではないんです。
誰にとっても、自分とは反逆すべき最初の相手です。
作家も観客も、自らの交換不可能な身体性を意識して、惰性的な自分に反旗を翻し、それぞれ個として屹立することが求められていると思います。

いつの時代にも反逆的なアニメーションはありました。
しかし、身体の喚起がこれほどまでに明確なテーマとして浮上してきたことはなかったと思います。
知性ではなく、身体・情動によって抵抗するアニメーション。
アニメーションは新たなフェーズを迎えつつあると思います。
ワクワクします。
ただし、既存のアニメーションの文脈だけに頼っていてはもう無理でしょう。
ポップ・カルチャーや美術、映画の領域と衝突しながら、新しいアニメーションは生まれていくことでしょう。(おっと言及を忘れていた。ラン・レイクの新作や"Chainsaw"はその成熟したかたちです。ビックフォードは先駆的すぎたかもしれない。時代がようやく追いついた、といえます。)

オタワ・プログラムはこういったことを考える契機を与えてくれました。
ちなみに、オタワ・プログラムの身体性は北米的ユース・カルチャーと密接に結びついています。
だからダメな人にはダメかもしれないです。
でも、どうか自らの身体の声に耳を傾けながら、体感してください。
アヌシーとは違って、「今」を感じとることができるものであることは、間違いないです。

なぜオタワのプログラムが素晴らしいのか、説明義務は果たしたと思いますので、
あとはみなさんがどう思われるか。
というわけで、

オタワのプログラム、絶対に観にいってください。
2/12(木) 11:45-12:45
2/14(土)11:35-12:35


土日は入場制限かかっちゃうくらいに混むらしいので、
早めに会場入りした方がいいかもしれないです。
座れなくなることはないと思いますが、
そもそも会場に入れなくなっちゃうかもしれません。

あとは音のボリュームがもっと大きくなればいいんだけどなあ。

それにしても、オタワ、いいなあ……
ディレクターのクリスさんから伝え聞くところでは、ドン・ハーツフェルドをゲストで呼んでいるらしい。ドンくんも「行く」と言ってました。
俺も行きたい。

あ、ドンくんから許可をもらったので、
近いうちに彼のインタビューを翻訳したものをアップします。
面白いですよ。

土居

        2009-02-08        「無限なるアニメーション世界 vol.1 世界のアニメーション」

フィルムで短篇アニメーションを観れる機会がなかなか少ない昨今、このような試みは非常に貴重です。堪能してきました。

上映作品は『シュッシュポッポ』(コ・ホードマン)、『ザムザ氏の変身』(キャロライン・リーフ)、『バッタ君町に行く』(デイヴ・フライシャー)の三本。

コ・ホードマンは個人的にどうも苦手な作家だったのですが、今日でようやく楽しみ方がわかってきたような気がします。積み木人形が言葉なきまま愉快に動き回る『シュッシュポッポ』は、恐怖さえ感じるほどにファニーで取り返しのつかないくらいに箍の外れてしまった適当ヤッホーでピーピーホーホーヤーヤーキャーな名作だと思いました。楽園といっていいほどには整然としておらず、何がイメージとして近いだろうといろいろと探ってみたのですが、平日昼間の温泉施設に心の純粋な30代男性たちがビールを呑んで「うぉー」と叫んだりしながら戯れる感じに近いのかな?そういう楽園。雰囲気・ムードなんかまったく考えないテラテラに照明の輝く畳の部屋で遊んでいる、少しの思い切りとかなりの天性さえあれば届きうる楽園という感じがしました。『砂の城』もそんな感じですよね、思えば。やっぱりちょっと狂ってると思います。

『変身』。キャロライン・リーフは『がちょうと結婚したふくろう』と『ストリート』が僕にとっては双璧で素晴らしいですが、今日ようやく『変身』もわかりました。彼女の作品はビジュアルのインパクトが強いのでそちらの方に関心が向いてしまいますが、僕にとっての一番の魅力は音です。彼女は音の人だと思います。リーフの優れた作品には、「致命的」な音が鳴ります。少なくとも僕は、彼女の作品を観ると「致命的」という言葉が浮かんできます。(いやもっと強い言葉が必要だな、正直言って身を切り刻まれる気がするので。)『ふくろう』では水底へと沈んでいくふくろうの息の音、『ストリート』では(姉の声に仮託された)幽霊の声、そして『変身』ではザムザ氏の隣の部屋で鳴らされる妹のバイオリンの音。そのどれもが、致命的な断絶を感じさせます。彼女の作品はほとんどどれもが、断絶をテーマしています。それがこのような音使いによって補強されているわけです。音だけが届いてきて、でもその届く音が思わせるのは断絶。決して届かない向こう側の世界の存在。『変身』は舞台装置自体がそのようになっています。ドア一枚隔てられた、自分をもはや受け入れてくれない世界。目を閉じていても、耳(ラストに突如として登場する、虫のものではない、人間の耳)にはその希求する世界の響きが聞こえてくる。残酷です。本当に恐ろしく思います。ノルシュテインは、「バラバラになった断片をつなぎあわせるのがアニメーションだ」と『草上の雪』で言っています。それならば、リーフの作品は(原理的な意味では)アニメーションではないのかもしれない。幼年時代を描く『ストリート』でさえ、主人公の少年は、自分の理解できる世界ではない世界の無限の広がりを感じ、その世界にはどうも届かない、ということを感覚します。どうしようもなく絶望的な世界認識ですが、僕はこの世界を圧倒的にリアルに感じてしまいます。

その対極となるのが、最後の『バッタ君』。フライシャー・スタジオによるディズニーへの屈服作品です。ディズニーランドのパレードをみてもわかるように、こういった作品群は、断絶など存在しないのだ、と嘯きます。時代も作品も何もかも超えて、一体化して踊るわけです。『バッタ君』では、昆虫たちが一緒になって踊ったりあたふたしたりします。一体化することなど実際には無理なわけなので、それを成立させるためには、力技が必要となります。超論理が求められるわけです。この映画で言えば、建築中の高層ビルを登る虫たちのラストシーン。ビルの建築および完成と、虫たちの登頂と、作曲家の成功が同時進行するわけですが、当然のことながら、その三つは物理的なタイムラインとしては一致しないわけです。でも、一致してしまう。論理を超えてしまっているわけです。この力技に、この映画は見事成功していると思います。アメリカン・ドリームの可能な時代にのみ成立しえた、欺瞞的価値観に支えられた作品です。1941年に作られていることに納得させられます。

その欺瞞に対してはラン・レイクが新作でぶっつぶしてくれていますので、
やはりメディア芸術祭のオタワのプログラムは観にいきましょう。

以下二本のDVDは現代のアニメーションに関わる人はやはり必携だと思います。
NFB傑作選 コ・ホードマン作品集 [Amazon]
NFB傑作選 イシュ・パテル/キャロライン・リーフ /ジャック・ドゥルーアン作品集 [Amazon]

土居

        2009-02-07        無限なるアニメーションの世界 vol.1 世界のアニメーション

イベント情報、アップしていたつもりがしていませんでした。
寸前になってしまいました。

2/8(日)15:30-17:30
無限なるアニメーションの世界 vol.1 世界のアニメーションレンタルスペースPA/F
FILMRONICという上映団体が、日比谷図書館よりフィルムを借りて上映会をやるようです。
上映作品は『変身』(キャロライン・リーフ)、『シュッシュボッポ』(コ・ホードマン)、『バッタ君町に行く』(デイヴ・フライシャー)の三作品。
メディア芸術祭で画質の悪い上映で疲弊した目を、フィルムで癒すにはもってこいです。

(実はAnimationsでも同様の企画が進行中です。3月中にやります。まだちゃんと決まってないのですが、中旬くらいでしょうか。やはり北米あたりの作品が中心になるでしょうか。同じく中旬、Animationsとはまた別で、僕が企画する上映プログラムを含むアニメーション系のイベントがある可能性が高いですが、またそれは別のお話。こっちはロシア周辺が中心になるでしょうか。3月はほんといろいろありますよ。)

土居

        2009-02-06        平成20年度文化庁メディア芸術祭上映プログラム「オタワ国際アニメーションフェスティバル」

楽しみにしていたオタワフェスティバルのベストプログラム、
期待を裏切りませんでした。
裏切るどころか、まったく想定していなかったような傾向をビンビンに感じてしまい、非常に嬉しくなりました。
一言で言うならば、「考えるな、感じろ」ではなく、「考えろ、感じろ」。(詳しくはまた今度。)
去年もオタワのプログラムを観た後には「アニメーションって本当に面白い」と思いました。
今年もです。

オタワのプログラム、絶対に観にいってください。
2/12(木) 11:45-12:45
2/14(土)11:35-12:35


アヌシーの作品集が、長編映画の文法やクリシェを模倣しようとする予備軍的作品ばかりだったのに対し、オタワの方は短篇でアニメーションで出来ることを追求した作品ばかりです。
うじうじしているところなど微塵もない、非常に抜けの良い作品ばかりです。
でも講堂での上映がないのです。アヌシーは二回もあるというのに。
真っ暗なところで、大きな音で観たら、もっと素晴らしかっただろうに。
来年上映されなくなったら非常に困るので、アンケートに「オタワのプログラムが素晴らしかった」と書きましょう。もちろん、そう思ったら、ですけど。思ったなら、きちんと書いてください。

プログラムです。
書きたいことがあまりにたくさん出てきてしまったので、詳細についてはまた後でまとめて書きます。

"OIAF 08 Signal Film" (Ian Lagarde)
"C'est toujours la même histoire (It's Always the Same Story)"(Joris Clerté & Anne Morin)
"Cattle Call" (Mike Maryniuk & Matt Rankin)
"I Slept With Cookie Monster"(Kara Nasdor-Jones) ※最優秀学生作品
"The Comic That Frenches Your Mind" (Bruce Bickford)
"A Letter To Colleen" (Andy London & Carolyn London)
"The Mixy Tapes" (David Seitz & Mike Wray)
"Último 'Spong Ice' " (Bolos Quentes Design)
"The Control Master" (Run Wrake)
"Chainsaw" (Dennis Tupicoff) ※短篇部門グランプリ

"Cattle Call"はマクラレンの『隣人』を、"The Mixy Tapes"はフランク・モーリス『フランク・フィルム』をそれぞれ思わせる瞬間がありました。手法が同じだからそういうわけではなく、良質のアニメートが持つ抜けの良さに辿り着くことによって共振している、ということです。それゆえに既視感はあるが新鮮。これほど身体的でエモーショナルなアニメーションがぼこぼこ作られているとは思いませんでした。
ラン・レイクの新作"The Control Master"は、最高にエンターテインメントしていました。面白い、と素直に思いました。彼は非常に立派な職業作家です。
そして話題の"Chainsaw"。これには本当に驚いた。こちらも圧倒的に面白い。空を見上げる男の顔、アニメーションが表情の微妙な変化によって雄弁に語ることができるとは驚きです。しかも技術的な裏付けがある。どういうことかといえば、実写映像のロトスコーピングであの表情は作られていると思うんですが、実写の人間の表情の情動的な部分が「抜き出される」ことで、ものすごく雄弁にエモーションが伝わるようになっている。驚きです。ロトスコープにこのような用い方があるなんて。しかしなによりも、これこそが短篇の語りだ、と思わせる迫力がある。たとえば広島のコンペに入っている"Grrrr..."に対して僕は「人間が描けてる」と言いましたが、あれは今から思えば部分的なものだった。それどころじゃない。人間の存在がこの作品にはまるごと描かれている。"A Letter to Colleen"や"I Slept with Cookie Monster"も然り。なによりも、閉塞感が微塵もない。("Lavatory Lovestory"に対して「だからなんなのだろう?」と感じてしまったことも前に書きましたが、こちらにはまったく感じない。)人間のセックス、牛のセックス、ロデオ、騎乗位、鳥、犬、牛、人間、生、性、死といった互いに響き合うモチーフと、決してなにとも響き合わずだからこそ不気味なまでにエーモションを喚起するあの親鳥の目。解消することのできない何かをチェーンソーよろしくざっくりと切り刻んでくる作品です。観たことがないアニメーション作品でした。驚いた。

一応注意しときますけど、ナレーションの作品が多いです。(最近の傾向でもありますが。)
そして字幕がないです。でも問題ありません。
むしろ、意味作用に注意を奪われることが減り、
リズムの傑出した作品が揃っていることがわかるようになると思います。
映像自体が、(意味を奪われた語りも含む)音自体が、どれだけ雄弁に語っていることか。

学校や職場をさぼってでも観にいく価値はあるのではないでしょうか。
あくまで自己責任でお願いしたいですけど。
面白くないなあ、と思った作品は、ひとつとしてありませんでした。

広島で"Dialogos"を観たときと同じように、ガッツポーズが出ました。
身体感覚を喚起する、情動的(つまりエモーショナル)なアニメーションばかりです。
これは貴重です。ゾクリとしてください。

"Drux Flux"が入っていないことだけが残念。

土居

        2009-02-06        平成20年度文化庁メディア芸術祭上映プログラム「中国国際アニメーションデジタルフェスティバル&SICAF」

今日はちょっといろいろとありすぎてしまって落ち着いたのがもう既にこんな時間なので、
きちんとしたレビューは明日以降に回させてください。

とりあえず上映作品のリストだけ挙げておきます……が、

中国国際アニメーション&デジタルアートフェスティバル(中国)は中国の学生作品集ですので、
あまり個別の名前を挙げても仕方ないのかな、と思います。いろいろな意味で興味深い作品がいくつかありはしたのですが。また今度書きます。

SICAF (韓国)
The Pierce Sisters』(Luis COOK)
『A Coffee Vending Machine and its Sword』(Hyung-Yun CHANG)
『KJFG No.5』(Alexey ALEKSEEV)
『Red Rabbit』(Egmont MAYER)
『Milk Teeth』(Tibor BANOCZKI)
一年遅れのセレクション、という感は否めないのですが、もし観ていない作品があるとしたら観る価値はあると思います。『A Coffee Vending Machine and its Sword』は06年のヒロシマ賞受賞『ウルフ・ダディ』のヒュンユン・チャンの新作です。『ウルフ・ダディ』が好きだった人は間違いなく気に入ると思います。韓国語ナレーションで字幕なしですけど、内容の把握に特に困難は起こりません。

自分で上映作品をリストアップするのもなんだかばからしくなってきたので、
今日は「二階と三階の上映プログラムの作品リストをください」と係の人に言いました。
今のところ、ないそうです。
展示の方で手が一杯で、ホームページにリストをアップしたり、印刷して配る余裕がないそうです。
そのかわり、データをいただける約束をしていただきました。
そのデータに関しては自由に使っていいらしいので、
届き次第、すべてのものをここにアップしようと思います。

今日改めて思いましたが、明らかにおかしいと思うことに対して声を上げないのは損です。
もっと極端なことを言えば、声を上げないことは共犯です。
中国のプログラムを観て思いましたが、アニメーションという領域にはあまりにも多方面から「なんとなく」の観念しかない侵入者が訪れています(特に金儲けや表層的な文化政策のための介入者)。アニメーションはこの「なんとなく」の侵入者たちによって、アカデミー賞的クリシェに全世界的に(アヌシーでさえ)汚染されつつあります。このような状況下ですので、良心的にアニメーションに関わろうという意志がある方、なにかしらの主体的なアクションを起こさずに捨て犬よろしくただ拾い上げてくれるのを待つとすれば、あなたはその「なんとなく」の存在を認めていることになるので、共犯です。同じように罪があります。むしろ現状を意識している分だけ、タチが悪い。
今日は中国のプログラムで電気が消えないまま上映が進行していました。
消してもらいました。これはタチの悪いクレーマーでしょうか? 違うと思います。
僕の個人的な印象からすると、
メディア芸術祭の上映をめぐるおかしな点は、
主催者側がただどうしていいかわからないということに由来すると思います。
ただ映像を流すだけでは上映イベントというのは成立しない、ということをきちんと理解してもらう必要があります。
僕は所詮部外者ですので、
作家のみなさま、とりあえず現状のチャンスを最大限に活用するために、声を上げてください。
メディア芸術祭のことだけでなく。

土居

        2009-02-04        平成20年度文化庁メディア芸術祭上映プログラム「アニメーション部門短篇作品」(と「アヌシー」)

去年に比べれば格段に良くなった二階ホールの上映環境、それでもまだ画質は荒くドットは目立ち、画面は震えて字幕は読めない。スピーカーも悲鳴を上げる。会期中に改善されることを願うのみです。アンケートには書いてきました。みなさんも気になったらちゃんとアンケートに書いてみてくださいね。作家の方ももしこのブログを読んでいたら、自分の目で確認して、きちんと声を上げてください。自分の作品が、あんな画質でたくさんの人の目に触れてしまって構わないのなら別に良いのですが。 

アニメーション部門短篇、相変わらずの長丁場(2時間半近く)ですが、それなりに楽しめました。次のアヌシーのプログラムがたった一時間だったのにとても長く苦痛でしかなかったのとは大違いです。

つみきのいえ』(加藤久仁生)はやはりよくわからない作品だという印象。カメラが動くと画面がガタガタと震えたり、波のリズムにどうも納得がいかなかったり、まあそういったところは置いておくとして、やはり自分にとっては、慣性・惰性で生きる人が本当にふとしたことで感傷に浸るというただそれだけを描いているだけという印象がありました。それはもしかしたらスクリーンを見つめる(俺を含めた)人々の映し絵であるかもしれない。だがそういった人間像を描くこと自体は問題なのではなく、むしろ歓迎すべきことなのだと思います。本当に問題なのは、この作品が、その慣性・惰性によって蠢くことを、そっくりそのまま受け入れてしまっているだけのような気がすることです。それは観客のありのままを受け入れ包み込み偽りの癒しを与える以外のいったい何になるのだろう、という疑問がどうしても消えません。だからこそ、俺は泣けず、涙を流すことを禁じたいと思いさえしました。
『DREAMS』(荒井知恵)は、もちろん抜群にうまく、夢の世界をウマさんと一緒にたゆたっていくことを完全に許してくれる……、と言いたいところですが、絵本であればきっと有効であっただろう(反復のリズムを生み出すであろう)ウマさんの頭の位置の固定が、没入を阻む「堅さ」として、非生産的な制約としてしか機能していなかった印象。展示の方で、刺繍を原画として提出していたのは実に素晴らしいハッタリだと思います。アニメーションに魔術を復活させるような試み。そういうところもなくっちゃね。なるべくたくさんの人たちが騙されてくれますように。それは特に害のない、ウキウキ感を産出。
『KUDAN』(木村卓)。3DCGにはどのような可能性があるのだろう。奇妙な造形性? でもそれは別にいままでのアニメーションでも可能なこと。なぜ3DCGだと際立つのか? 『ハーヴィー・クランペット』のような批評性を持った造形を常に求めてしまう古い人間なので、そういうところが気になってしまって物語に入り込むことができませんでした。それでも親子間の断絶は「断絶」という記号的表現でしかなかったような気がします。アヌシープログラムの3DCG作品に「例外無く」感じてしまったことでもあるのですが、どうして物語を語るにあたって定型的な形式から逃れられないのだろう、と不思議に思います。
『こどもの形而上学』(山村浩二。この作品はシンプルなようでありながら、読み取ることのできるものは非常に多いです。(藝大の授業で一コママンガの課題があるそうですが、それが課される意義というのはこういうところにあるのだと思います。短篇アニメーションに一コママンガを描く人が多い理由もまた然り。単純さのうちにどれだけのものを喚起させることができるのか。)しかし、その作業を怠ったとしても、情動的に腑に落ちてしまい、楽しめてしまうのが素晴らしくもあり、怖くもあります。目も口も鼻もあらぬ方向へと飛んでいき、顔が卵になってしまう(しかしこの卵は明らかに非生産的なもの)子供が一番最後に配されていることからは、作家の現状認識がまったくもってポジティブなものではないということがわかります。みなさんはそこに何を感じますか?
『ALGOL』(岡本憲昭)は、「スクエアさん」と呼ばれているらしい平らで四角な人造人間のキャラクターが印象的で、ピントの合わなさが良い効果を上げており、語りが音楽の一部として取り込まれてしまってきちんとリズム化しているところ(これができる人はなかなか少ない)は良いと思いますし、作品のテーマとも響き合う選択だと感じました。しかし自然界の描写の弱さが気になり、一番がっかりしてしまったのは博士を画面上に登場させてしまったこと。ナレーションだけで充分に理想的に登場していたというのに……アニメーションにおいて生きているものを表現するのが難しいなということを追認させられた作品。展示で制作ノートを見せることもマイナスにしか働いていなかったような……

ここからは審査委員会推薦作品。
『BUILDINGS』(上甲トモヨシ)は、建物だらけの島に新しく建てられた摩天楼と周りの建物たちとの葛藤と和解の物語。何かのメタファーとして物語を組み立てるべきだとはいわないものの、この状態だとすべてが作家の作為でしかないように思えてしまいます。異質なものたちの間に起こる葛藤が解決へと至る場合、つまりハッピーエンドになる場合、戦前ならともかくとして、今の時代なら相当の覚悟と根拠が必要となると思います。それこそディズニー~ピクサーの力技でしか成功しえないような。だって、実際には解決なんか絶対にしないんだから。俺にだってもちろん一体化を求める気持ちはあるものの、互いの差異を差異のままとして、一体化など嘘なのだという諦念を抱えたまま、それでもまるごと認め合うことの方が、自分にとってはリアルなのだなあ、というのをこの作品のラストシーンを観て改めて確認した次第です。現状認識如何によって変わってくると思いますよもちろん。
『CHRISTIAN BAUER-Tree of Life』(橋本ダイスケ)。企業のイメージ映像か?と思っていたら実際そうでした。タイトルで分かれよ、って? ウェディング・リングの会社名なんか知らないよ! 作品の評価? モーション・グラフィックスについてはよくわからないのでパスさせてください。
『DEVOUR DINNER』(水江未来)。ASK?映像祭以来二回目ですが、食べる/食べられる関係を描くものにも関わらず、そういった当然の出来事が持つはずの残酷さ、自然の法則に個が吸収されていくような「持っていかれる」感じがないことが気になりました。(マクシーモフの良質な作品にある、「あれ」です。)頭ですべてが考えられたような感じがします。以前の作品が持っていた、恐ろしい気持ちさえ抱いてしまうような動きの快感もここでは息を潜めているように思います。
『Omstart』(辻川幸一郎)。コーネリアスのPV。以下は極めて個人的な意見なので、反発していただいてまったく構わないのですが、コーネリアスの音楽は「ちょっと分かる人」のために作られた安全な音楽で、そこに主体的な賭けなど微塵も無いような印象なのですが、そんな感じのアニメーションだと思いました。映像も音も、映像と音そのもの以外に特に何の存在も感じませんでした。(何を言っているのかって? そう思った方は、『こどもの形而上学』のレビューをもう一度読み直してください。)出来の良いものは時に危険だと思います。資本主義波乗りサーフィン今日も絶好調!(誤解されるといけないですけど、褒め言葉ですよ。みなが波に乗れるとは限らないですから。安全である作品を作るためには、ものすごくセンスがいりますし。)
『Syscapes # Interlude』(Eric SCHOCKMEL)。最初の1分を観ただけでその後の展開が予想できてしまう作品を22分以上も続けるのはどうかと思いました。
『王さまものがたり3』(三角芳子)はプチプチアニメのなかの一本みたいです。作品スチールから感じる運動感がアニメーションになると消えてしまっているのが非常に不思議なところ。ミニマルを狙っているのか、そうでないのか。動かさないならば動かさないなりの流儀がきっとあるはずです。子供向けとはいえ、少々説明過多ではないかという危惧も。森羅万象が同じリズムで動くことも、『BUILDINGS』同様に現代において(たとえば音楽などによるトリップ状態の描写として以外に)成立するのだろうか、という疑問を持ちます。観客層が子供向けだとのことで、ノルシュテイン・インタビューの内容をどうしても思い出してしまうわけですが、たとえば人間とは異なるリズムで淡々と雪や雨が降り続けるだけで、それは充分に世界認識的な描写であり良い意味での教育的な描写だと俺などは思うわけです。残酷な事実ですけど、世界は誰のために動いているわけでもないですから。後半は作品自体とは関係なくなってしまいました。すいません。
『オーケストラ』(奥田 昌輝 / 小川 雄太郎 / 大川原 亮)。アニメーションの何たるかを理解した人々による、アニメーション的しか持ちえない快感に溢れた、憎たらしいほどにうまい作品。今のこの時代になって、アレクセイエフやフィッシンガーがかつて持ちえたような動きの絶対性――アニメーション自体が快感と共になんらかの異質さと近寄り難さもまた感じさせてしまう――を獲得してしまったわけで、しかもそれが若い学生の新鮮な作品として登場したことを素直に喜びたいと思います。今の時代になぜこれを、という点でやはり疑問は拭いきれないものの、この作品はこの作品として、実に見事だと思います。さて果たして、次がどうなるか?
『校長先生とクジラ』(山村浩二)。この作品だけは、山村浩二フィルモグラフィーのなかに並ぶことの違和感を拭いきれません。一貫したものがどうしても感じられず、ためらいやため息が聞こえてきてしまうのです。
『コルネリス』(中田彩郁)。全体的な描画やアニメーションのレベルの高さはもちろん認めるものの、ふとした仕草にときおり感じてしまうぎこちなさをどう捉えるべきか、何度か観た後でもまだ決着をつけられずにいます。俺の責任なのか、作家の責任なのか。音楽が時に主張が強すぎて、映像に届くことを妨げる瞬間が何度か(『聞耳』よりかは改善されているように思いますが)。最近の中田作品には間違いなく作家性の胎動を感じます。しかし、この段階ではまだきちんと生まれていないので、ただ技巧を見せつけるだけのものとして「も」捉えてしまえることもまた惜しい。
『swimming』(平山志保)。これで何度目の鑑賞だろうか、という感じですが、それでもやはり良いものは良い。主観ショットでなくとも主観的視覚が獲得しうるわけで、その点においてハーツフェルドの『Everything Will Be OK』のラストシーンを思い出したりもしたのですが。水中での絶対的孤独が一瞬だけ破られ、また戻り、突如として水中に魚たちのランドスケープが拓けるあの瞬間、何度観ても鳥肌が立ちます。成長のモメントの理想的な映像化です。そしてプールの反対側への到着のあっけなさ! 細部にいろいろと首をひねるところはあれど、グレイトな作品であることは変わりません。
『スケッチブック~華屋八兵衛ノ巻』(竹内 僚平 / 佐々木 大輔 / 高橋 紀乃)。典型的な電子切り絵作品。よくわからない、というのが率直な感想です。展開される出来事、動きの質をみるに、たとえばローゼンスウィート『Paradise』のように舞台装置を露出させてしまった方が潔いし面白いのではないかと考えました。クレジットに用意されたフォントそのままで使ってしまうのはやはりよくないと思います。デジタル服従系。
『忠告』(李傑)は画面がガタガタして字幕がものすごく読み取りにくく、それゆえスクリーン下部にばかり注目してしまったせいでほとんど内容を把握できませんでした。それでもラストには、「なんじゃそりゃ」とずっこけました。
『ニャッキ! ふみきり』(伊藤有壱)は一点だけ、クモがニャッキを食べようとするときに一拍置いたのは一体なぜなのか、という疑問が頭から離れません。あたかも列車の通過を待っていたかのように見えてしまいました。トムとジェリーみたいに、本当は食べたくないのか。それとも、危機的状況に陥ったニャッキの主観的知覚のスローモーションなのか。一拍置かずに列車が通過しても何も問題はなかったのではないか、と思ってしまいます。
『パンク直し』(岡本将徳)は、タイトル通りにパンク直しの職人のお話。前作の『ばあちゃん』もなかなか強烈な作品でしたが、こちらも負けず劣らず。この作家は一体何をやっているのだろう、という面白さがあります。この一点集中、偏りの素晴らしさ。途中から笑いが止まらなくなりました。オープニングとエンドクレジットの静止状態はどういうことなのか、まだよくわかっていないのですが。本編とのコントラスト? 単に手抜き? 
『福来町、トンネル路地の男』(岩井澤健治)は、昔レビュー書いたことがあったと思ったのですが、書いてなかったですね……トイレを我慢できずに今日は会場を出てしまいました。すいません。

なんですべての作品について書こうと思ったのか、自分を恨みます。

アヌシー・プログラムは何の作品が上映されたかだけ書いておきます。
My Happy End』(Milen VITANOV)※卒業制作審査員特別賞(広島のコンペに入ってましたね)
Hugh』(Mathieu NAVARRO, Sylvain NOUVEAU, François POMMIEZ, Aurore TURBÉ)※卒業制作ユニセフ賞
She Who Measures』(ljko POPOVIC)※FIPRESCI賞
Morana』(Simon BOGOJEVIC NARATH)※特別賞
The Lady on the Threshold』(Jorge DAYAS)※審査員特別賞
Portraits ratés à Sainte-Hélène』(Cédric VILLAIN)※(たぶん)デビュー賞
KJFG No.5』(Alexei ALEXEEV)※Sacem賞
『つみきのいえ』(加藤久仁生)※アヌシー・クリスタル(グランプリ)&ヤング審査員賞

Skhizein』(観客賞)が観れるのではないかと期待していたのですが。
卒業制作からも選ぶなら、『Le voyageur』(去年のクロクのグランプリでもある)でも選んでくれよ、と言いたいです。しょうがないのでネット上で観てください。
新しいアニメーションの胎動を感じて震えてください。観れば観るほどすごい作品だということがわかります。

プログラム中では唯一、『Portraits ratés à Sainte-Hélène』が良かったです。
ただしフランス語上映で字幕なしだったので、そこらへんは気をつけてください。
だから内容はわかりませんでしたが、面白かったです。これも結構観たことない種類のアニメーションでした。
写真(ダゲレオタイプ)発明直前に死んだナポレオンの存在をどのように確かなものとするか、という話だったのではないかと推測します。歴史的事実がたくさんの数字によって語られるも、記録性という点で決して確かなものとはならず。確かではない分、不気味に広がっていくそのイメージ。ナポレオンって、ほんとはなんなのでしょうか?アニメーションは実体のなさとそれゆえに持ちうる強力な実体の感覚の両方を所持していますが、それと似ているかもしれません。
(あ、公式ページで英語字幕付きで……)

長くなりすぎました。
新しいものとの出会いは、オタワプログラムに期待するしかないなあ!

メディア芸術祭公式ホームページ

土居

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