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        2008-04-30        ソビエトアニメ劇場 プログラムA

4月26日から5月16日まで吉祥寺バウスシアターで行われる「ソビエトアニメ劇場」、A、Bプログラムを観にいってきました。

とりあえずAの上映作品についてレポートしておきます。
Bはまた後日。

○プログラムA アニマル
・『キリン the giraffe』(1986、ラオ・ヘイドメッツ) 
日本のみなさんにはおそらく「国際アートアニメーションインデックスvol.4[Amazon]」に収録されている"Instinct[知られざるアニメーション]"でお馴染みのヘイドメッツ監督作品。彼は今年の広島の国際選考委員なので、おそらく広島でもいくつか作品が観られることになるでしょう。
エストニアのタリンフィルムの作品。動きのエコノミーがわかっていて、動かしすぎず、描きすぎず。スピード感と力感溢れるカメラワークが印象的で、音づくりもかなりのもの(80年代丸出しですが)。人形アニメーションの座談会で、『パニック・イン・ザ・ヴィレッジ』[Amazon]は唯一無二のポジションにある、的なことを言いましたが、いやいや、この作品の破天荒な展開も充分に『パニック』してます。物語の筋としては、街中で動物園(キリンだけしかいない)を開く男が、お客さんがこないのに悩み、機会仕掛けのキリンのオモチャで客引きしたところ、大注目。ライバルも現れて、オモチャの性能を上げていく勝負が始まり、いつしか街全体がキリンの流行一色に染まっていく……という、流れ自体は特に珍しいものでもなく、最近観たものではポヤルの『名声』と近いなと思ったのですが、キリンブームが到来するまでのキリン狂想曲のエスカレーションぶりがすさまじい作品でした。次から次へと少し狂ったようなデザインのキリンたちが登場し、すぐに捨てられていく。匿名の人々の動きは最初からちょっと狂ってる。加熱する人々を尻目に、本物のキリンは動物園の主人とキリンが好きな少女と共に、街を去って砂漠を歩いていくラスト……なんだかすごくかっこいいもののように思えて、やっぱりおかしい。どこ行くのよ?短篇の場合、無内容でも映像のリズムでかなり魅力的な作品ができあがるわけですが(この作品が無内容だと言っているのではありませんよ?)、この作品はそれをまさに体現しています。テーマ性は明快なのですが、そこからむしろ踏み外してやろうという意気込みを感じます。先日パルンについての座談会をやりましたが、既存の枠組みをあえて踏み越えてわけのわからないものにするというのがパルンの作風として挙げられるだろう、という話が出ました。この作品にもそれを感じて、パルンに限らないエストニア・アニメーションの魂のようなものなのかと思っていたのですが、クレジットをみると脚本とデザインにプリート・パルンの名前が……なるほどねえ。いやいや、なかなかの傑作です。

・『戦争 the war』(1987、リホ・ウント&ハルディ・ヴォルメル)
ヘイドメッツと同じく現在ではエストニアの立体アニメーションスタジオであるヌクフィルムに所属しているリホ・ウントとハルディ・ヴォルメルの共同監督作品。古びた水車小屋で繰り広げられる、カラスとネズミとの縄張り&食料争い……この作品も音が異様に冴えていて、やっぱりスタジオってすごいなあ、専門家ってすごいなあ、と思いました。カラスとネズミの造形はリアルであるようなそうでもないような絶妙なバランスを保っていて、擬人化されているようなされていないような演出をされていて、それがとても良い具合に作用して後半はかなり残酷なものとなっています。もう血みどろです。うぎゃーって感じです。ところどころに入る実写映像の挿入も冴えていて、まるで鈴木清順かと思いました。カラスとネズミの争いが終わると、それに続いて人間たちの戦争も始まり、廃墟と化し煙のなかに消えていく水車小屋の映像で作品は終わるのですが、このあまりに明快なテーマ性もまた、この数々のかっこいい映像がつくりたいがために後付けでつけたものなのではないか、と感じてしまうくらいでした。もしかしてこの調子で良い作品続きなのか!?

・『ハエとゴキブリ Spring Fly』(1986、リホ・ウント&ハルディ・ヴォルメル)
こちらはうってかわって会話劇。ただし登場人物はハエとゴキブリとクモ。最悪の組み合わせです。自分を取り巻く環境に翻弄されるハエ、それをたしなみ、自ら定めた「繁殖」という法に従い生活することに誇りを持つゴキブリ、そして彼ら二人よりもさらに自由に、「自分の意識」にのみ従い生きるクモ……自由意志が増えていくにしたがい、残虐さが増すと同時に存在としての強力さも増すわけですが、ラストに大どんでん返し。ハエとゴキブリを捕まえ、食おうとするクモとその巣は……またしても清順ばりのドラマチックな実写シーンで一気にひっくりかえるカタルシス。これもまた面白い作品だ……英語字幕ですので注意です。

・『雄牛 』(1984、ヴァルテル・ウースベルグ)
抜群に面白い作品ばかりのプログラムなんてそうないもので、ここらへんで小休止。でも決して悪い作品ではありません。奇妙なセル画作品。かわいい牛ちゃんはどんどん食べてどんどん大きくなってしまいにはすべてを……構造的にはとてもわかりやすい作品ですが、キャラクターがちょいキモで良いのでは。

・『穴熊と月』(1981、I・ダニロフ&G・キスタロフ)
びっくりしたんですが、この作品、ロシア語音声なんですけど、字幕も吹き替えもなし。しかも会話の占める比重がすごく大きい……僕はロシア語ちょっとわかるんでいいんですが。ご覧になるときは、チラシに書いてあるあらすじをしっかり読んでからにしましょう。そうすればだいたいわかります。モロに『霧のなかのハリネズミ』で、ちょっと笑ってしまいました。作品全体としては、毒にも薬にもならない印象。カザフフィルム。

・『コウノ鳥のキーチ』(1971、L.ドムニン)
これも字幕なし……チラシのあらすじもあまり的確ではないので、さすがにちゃんとはわかりませんでした。主人公の鳥は(たぶん)飛べなくて、そのかわりに知恵が働く。なので皆に頼られる。「助けてよキーチ!」でも、ある日、カラスたちに連れ去られていく女子の鳥を救えない。「助けて!」と叫ぶその女子をただ無力に見つめるだけ。彼女の残された子どもを代わりに懸命に育ててやり、子どもたちが飛べるようになったとき、キーチは彼らに助けられ、飛ぶことを覚える……もしかしたら正確でない理解かもしれませんが(チラシみなおしたらカラスじゃなくてワシって書いてありました)、だいたいこんな感じです。やり方次第で、もっと切ない気持ちにさせられたのではないかという惜しさばかりが残る作品でした。モルドワフィルム。

・『野原The Field』(1978、レイン・ラーマット)
・『猟師 A Hunter』(1976、レイン・ラーマット)
レイン・ラーマットの作品はとても苦手なので、僕は正しい評価ができないかもしれません。(他のも必ずしも正しくはないと思いますが。)すごく真面目な人なのはわかるのですが、他のエストニアものが、テーマ性をむしろないがしろにしてその偏差を楽しませるのに比べ、この人はほんとに直球でアプローチするので、どうも息苦しい。監督なので当たり前ですが、支配者としてふるまっているような印象があります。フルジャノフスキー作品に感じるものと同じかも……


土居
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        2008-04-29        ディズニーフィルムセレクション 短編作品集@シネマイクスピアリ

レポートを書くのを忘れていました。先日の話です。

東京ディズニーリゾート25周年記念企画の一つとして、
シネマイクスピアリでは現在「ディズニーフィルムセレクション」が開催されています。
全作品がフィルム上映ということで、今となってはかなり貴重な機会。
これを逃す手はないな、と思い行ってきました。
とりあえずは短編作品集を全部観てきました。

○「ミッキーマウス短編作品集パート1」 1928~35年(モノクロ作品集)
○「ミッキーマウス短編作品集パート2」 1935~41年(カラー作品集)

二つのプログラムを続けて観ると、
ディズニーが同時代の他のカートゥーンといかに違うものとなっていったかが手にとるようにわかって面白いです。
やはり1930年代から、次第に「大人の良識」的な要素が強くなっていく感じがします。
「クラシック=偉い」みたいな無意識の差別意識が濃密に感じられるようになってきて、
それと反比例するように作品は綺麗なだけでどんどん面白くなくなっていく。
(ミッキーのデザインの変遷もなかなか興味深いです。)

ミッキーマウスシリーズが他のスタジオの作品を引き離して世界的な現象となっていったのも、
やはりこのシリーズは音楽の使い方が抜群だからで、
ミッキーマウシングという言葉さえできてしまうような視聴覚の融合の技術はやはり半端なくあります。
生理的に持っていかれてしまうんですね。
ミッキーシリーズの中で比べてしまうと荒いですが、やはり"Steamboat Willie"の論理を超えた「世界=楽器」感はすごいです。

○「シリーシンフォニー・シリーズ作品集」
その視聴覚融合の技術が作品の力の暴力性に結びついているのは、やはりシリーシンフォニーシリーズの特に初期の作品です。
エイゼンシュテインを魅了した"Skelton Dance"のグネグネと気持ち悪く踊り合体までしてしまう複数の骸骨。初のカラー作品の"Flowers and Trees"は悪の木の死体描写の残酷さにギョッとさせられます。"The Three Little Pigs"のテーマソングは観客の身体を否応無しに動かしてしまうような強度を持っていて、"Three Orphan Kittens"は捨て猫三兄弟が人の家のなかに忍び込んで大騒動を起こす話なのですが、徹底した子猫視点の描写は今観ても新鮮です。(少女が巨人になる!)"The Cookie Carnival"はクッキーたちの国のお姫様コンテストですが、クッキーたちの造形が非常に気持ち悪い。過剰な数の彼らがあちらこちらを行ったりきたりするさまは、思わず「うわあ」と声を上げてしまうほど。
で、やはり37年前後からつまらなくなってきて、何度観ても途中で寝てしまう"The Old Mill"は「きれいですね」としか言いようがなく……
このあとの作品は大人しい世界が白々しく展開していきます。(「みにくいアヒルの子」ってなんだかすごい話だよなあ。)

○「ドナルドダック短編作品集」
ミッキーに比べると性格設定も極悪だし、ディズニー・スタジオ的にも「こいつはどんな目にあってもいいや」みたいな了解があったかどうかはわかりませんが、ドナルドシリーズは面白いんです。
「ドナルドダックは複数いる」と上映終了後の僕のメモに残ってます。
良いドナルドと悪いドナルドの争い("Donald's Better Self")、本心を隠して振る舞うドナルドの分裂性("The Wise Little Hen"など多数。こいつの本心ってほんとに悪いやつなんだ)、
甥たちもわざわざ三匹そっくりの姿で現れドナルドの精神をずたずたに切り裂き("Donald's Nephews")、速く動きすぎることで分裂してしまったり(大抵は誰かに翻弄されることで起こる。"Mr. Duck Steps Out"や"Donald's Lucky Day"、"The Riveter")。
怖いのは、自分が陥った不幸な状況を、あたかも他人ごとであるかのように(一点の曇りもなく、心の底からおかしいかのように)笑い飛ばしてしまうこと。
「それ、あなたの人生ですよ?」と思わず心配してしまいたくなるほど……

スピード感溢れる展開が多く、そのリズムに乗ってしまえば、かなりのトリップ感を味わえます。(ハイテンションすぎて疲れてしまいもするけれども。)
このシリーズはひとつのクラシックとして、いろいろと参考になるんじゃないでしょうか。
(ドナルドは七面鳥を料理したりペンギンを肉として見たり、いろいろとグロテスクでもあります。ミッキーも犬飼ったりしてますけどね。)
生き方としても。

そんなわけで、結構おすすめの上映です。
特に「シリーシンフォニー」と「ドナルドダック」は必見です。
ディズニーランドのついでにどうぞ。

土居

        2008-04-28        「ドイツ・エクスペリメンタル・アニメーション」@イメージフォーラムフェスティバル2008

イメージフォーラム・フェスティバル2008、始まりましたね。
今日はQプログラムの「ドイツ・エクスペリメンタル・アニメーション」を観てきました。
これから5週間にわたって日本をツアーして回る、ドイツ出身の映像作家・メディアアーティストの二人、マックス・ハットラーロベルト・ザイデルのプログラム&アーティスト・トークです。

最初の作品の最初の一秒が始まった瞬間から嫌な予感はしていたのですが、
正直言って作品は全然良いと思いませんでした。
アニメーションはもちろん実写作品も、いかにも学生作品的な嫌なアマチュアイズムが残っていて、なんだかなあ、という感じです。(実際、学生時代の作品が多かったわけですが。)

若い作家たちなのでこれから変わるのかもしれませんが、単なる流行乗り作家のような気もします。マックスさんは「個人的な作品と商業的な作品は、僕にとっては区別が付けられない」とおっしゃっていましたが、まあ、そうでしょうねえ……
きっと自己プレゼンの上手い人なんでしょう。
マックスさんの『衝突』、ロベルトさんの『_灰色』は、
さすがにちょっと話題になっただけのことはあり、
わかりやすい感じ・商品として観られる完成度がありました。
たぶんAnimationsとはあまり関係のない作家さんたちだと思います。

これを評価している人たちは一体どこにいて、どういう基準で評価しているのか、
聞いてみたいところです。
映像にお金を出す人が必ずしも映像の良し悪しをわかっているとは限りませんが、
彼らの自己プレゼン能力によって乗せられている、という感じだけのような気もします。

すいません、全然気分が乗っていませんので、ここらへんで終わります。

※イメージフォーラムフェスのコンペ漏れの主要作品を上映する「ヤング・パースペクティブ」があります。
http://www.imageforum.co.jp/cinematheque/911/index.html
アニメーション・プログラムはなかなかの充実ぶりのようで、これまでここで紹介した作家さんの作品もいくつか流れます。こちらもどうぞ。
アニメーションのプログラム「アニメーション全景」(F)は5/18(日)14:00-、6/14(土)19:30-です。

土居

        2008-04-25        「妊娠と避妊について」(イシュ・パテル)と、GWの上映会リスト、ピクトアップ

昨日はある地下組織でイシュ・パテルの教育用作品を観てきました。
妊娠および避妊について About Conception and Contraception」(1972)[view excerptにて一部視聴可]
思春期および生殖について About Puberty and Reproduction」(1974)[view excerptにて一部視聴可]
の二本です。
サイレントで作られていて、上映しながら先生が説明できるようになっていました。
特に印象に残ったのは「妊娠および避妊について」で、
切り絵を使ったシンプルなデザインで、妊娠のプロセスや、コンドーム、パイプカット、ピル、不妊手術などといった避妊方法がどういうものなのかを簡潔かつ効果的に描き出していました。
精子と卵子は細かく速く動き回るアニメートで、生命感を溢れさせているのですが、
それゆえに避妊が実行され、精子や卵子たちの受精への試みが失敗に終わる様子が、
胸につきささるようなつらい出来事であるかのように思えてきました。
別に精子や卵子が人格化され、主人公であるかのようにふるまうわけではないのにも関わらずです。
避妊がどれだけ不自然で残酷なことなのか、思い知らされたような気がします。
コンドームによる精子たちの無為な死……
ピルの服用による卵子たちの凝固死……(ほんとに凝固するのかは知りませんが。)
パイプカットによる精子たちの行き場のなさ……
卵子がぼとっと落ちていく様子には、実際のブラッディーさからはほど遠いのですが、
「ああ……」と思わず涙してしまいます。
上映中、なんども股間を押さえてしまいました。
暴力的な力を持った作品で、身体に共鳴してしまうのです。
「思春期および生殖について」は、この作品に比べたらそれほど強い作品ではありませんでしたが、
影絵のような抑制されたデザインであるゆえか、絵に興奮するとは一体どういうことか、ということを考えさせられました。

某M大の地下にはNFBの作品が膨大な量収録されているらしいという噂をききました……
そこの大学の学生が羨ましいです。

(業務連絡です。昨日大山さんがその大学で言っていた『ミルク』という作品は、
Igor Kovalyovという作家の『ミルク』です。この作品も、その地下組織に収録されているらしい……)

ここでも買えますね。
http://www.britishanimationawards.com/dvd_shop/dvd_d&s1.htm

イシュ・パテルについては、下記DVDで主要作品はほぼチェックできます。
キャロライン・リーフやジャック・ドゥルーアンも入っているこのDVDは要チェックです。
新しくなったジェネオンの「ニューアニメーションアニメーションシリーズ」ホームページも要チェックです。
NFB傑作選 イシュ・パテル キャロライン・リーフ ジャック・ドゥルーアン作品集[Amazon]


さてさて、GWには当然のことながら上映イベントがあります。
アニメーションに興味関心のある方なら、
イメージフォーラム・フェスティバル2008
は要チェックでしょう。
4/27~5/6の東京を皮切りに、京都、福岡、名古屋、横浜で開催されます。

また、
神奈川国際アニメーション映画祭
には
Animationsからあしたのんき(荒井知恵)、大山慶、和田淳の作品が出品されます。
海外の作品もいろいろとやるみたいですので、お暇な方は是非。
タイムテーブルなどがよくわかりませんが、
5/6-5/11@神奈川県民ホールギャラリーにて。

あと、今月発売のピクトアップ(いつもお世話になっております)には、
ラピュタアニメーションフェスティバルの記事が掲載されております。
『スイミング』で観客賞、アニメート賞を獲得した大山志保さんのインタビューも載っています。
良い作品でしたよね。(記事はこちら
こちらも是非チェックしてみてください。

土居

        2008-04-13        "Monster Road"(Brett Ingram)

ブルース・ビックフォードのドキュメンタリーです。一個前のエントリであんな能天気な駄文を書き散らしていたことを後悔しています。

この映画は確かにビックフォードをフィーチャーしたものですが、
アニメーターとしてのビックフォードを取り上げるというよりも、
たまたまアニメーターであった人物を取り上げた、というような印象を持ってしまいます。
ビックフォードが語られる際には必ずといっていいほどつきまとうフランク・ザッパという名前も、
この映画ではたった一度、本人の口からぽろりとこぼれ落ちるのみ。
もしかしたら権利問題がいろいろとややこしいがゆえに、
ザッパ関連のことは削られたのかもしれませんが、
そういった些細な情報は、この映画には必要ないことも確かです。

人間ってなんなのだろう、生きるってなんなのだろう、善い人生とはなんなのだろう、
そんなことをよく悩んでしまう人、そんなことをより真剣に考えたい人は、
彼のアニメーション作品に興味あるなし関係なく、是非観てください。
DVDには字幕がついていませんが、何言ってるかわからなくても、
なにか途方もない映画であることは絶対にわかります。
かなり凝縮された80分間です。
人間の業というものを考えさせられます。

この映画にはブルース・ビックフォードと並ぶ主要人物がいて、
それは父親のジョージ・ビックフォードです。
(おそらく父親の方が、観客の記憶には強く残ることとなるでしょう。)
ヤン・シュヴァンクマイエルと激似のこの父親は、
アルツハイマーの初期症状を示していて、
本人はそれに立ち向かわねばならない運命にあります。
死を異様に恐れ、若くあることを熱望します。
最もスマートな人間でなければならない、ひとかどの人物にならねばならない、
といった強迫観念に悩まされ、
部屋の中には大統領のポスターがたくさん貼ってあります。

この映画で語られるのは、ビックフォード一家の生と死についてであり、
ブルースの末の弟の自殺や、離婚した母親の死など、
この親子二人が生きてきた残酷な運命が、強く印象に残ります。

もちろんブルースの方も生に対する欲望は異様なまでで、
120歳まで生きた中国人が飲んでいたという薬草のお茶を、
ブルースはがぶ飲みしつづけます。
彼の作品から受ける熱い生の鼓動は、同じエネルギーに端を発するものであるにしても、
ここでは完全に違った印象を与えることでしょう。

彼の作品には小さな人間がたくさん出てきます。
(彼は自分の作品に使ったセットや人形の断片をすべて仕事場に保存していて、
その映像もとてもおぞましい印象。)
彼らは横に手を広げています。
その姿は、いろいろなシーンを想像させます。
銃で撃たれた人は手を広げます。
ばたりと倒れた人間が一番死体らしく見えるのは(一番力が抜けているようにみえるのは)
横に手を広げて倒れているときでしょう。
手を広げることは、死への服従に近い。
おそらく、その格好は人間の身体のメカニズムにとって一番自然な姿勢なのでしょう。
ブルースの作品では、小さい人たちは残酷な運命に抵抗できずにばたばたと、本当にばたばたと死んでいきます。
選択の余地なく。

だが一方で、ブルースの生に対する執着は、手を広げることがもたらすそれとは逆の性格にもつながってくるような気がします。
手を広げることは無防備ですが、捨て身であるようにも思えるわけです。
死が存在することを、あらゆる人に一様に訪れることも、知っている。
それでも抵抗する人間の姿を現しているように思えるのです。
手を広げならが、「ほら、運命よ、殺してみろ」、と、ひたりひたりと近づいていくような姿。

「200歳まで生きる男の存在を信じるかい?信じないだろ?俺は信じるんだ。」
そんなブルースの台詞で、この映画は終わります。
彼は毎日木に登り、火を振り回し、鉄棒をぐるぐる回ります。
すべては健康のため。懸命に死を遠ざけようとする。
あたかもそれは、死を殺そうとするような試み。
もちろんその試みは、いつか失敗に終わるのでしょうが。

DVDには削除されたシーンも入っていて、そこである人物が語っているように、
ブルースの作品は、ものすごくスピーディーな展開なので、
あたかも数日で作られたかのようにも思えますが、
ドキュメンタリーを観ればわかるように、数年にも及ぶ作業なわけです。
そのことを頭にいれたうえで、再び彼の作品を観てみれば、
アニメーションというものが、
一瞬のうちにどれだけの生を凝縮しているかということに嫌でも気付いてきます。
実際に流れる時間と、制作の時間は、どれだけかけ離れていることか。
ブルース・ビックフォードの作品だからこそ、余計に感じてしまうのかもしれませんが。

とにかく、恐るべきドキュメンタリーです。
日本盤出ないでしょうか。日本で公開しないでしょうか。

"Monster Road"公式サイト(予告編及び抜粋の視聴可、DVD購入可)

ザッパ関連のDVDは、日本盤が出ています。
フランク・ザッパ『ダブ・ルーム・スペシャル』[Amazon]
フランク・ザッパ『ベイビー・スネイクス』[Amazon]

土居

        2008-04-11        Bruce Bickford, "Prometheus' Garden"(1988)

いやあ、これは参った。何が参ったって、ブルース・ビックフォードの"Prometheus' Garden"です。もう伝説化しているようなこの粘土アニメーター、これが唯一、自分で全部の権限を持って制作したものだそうですよ。(確かになあ、例えば"Baby Snakes"みりゃわかるけど、フランク・ザッパに命令されたり、いじられたりしてたもんなあ。)プロメテウスってのがタイトルに入っているだけあって、巨人はそりゃ出てきますけど、そもそもこの人の作品って伸びたり縮んだりがすごいから。巨人なのかそうじゃないのかよくわからないときが多い。高速度撮影で、人間や植物の成長を観ているようなそんな感じで、でも。成長だけじゃないんだよな。だってものすごい勢いででっかくなった顔や人間全体がその次の瞬間にはまた同じような勢いで縮んでいなくなっちゃうんだから。ニョキー!ってしたらシュルー!って消える。はじめの頃は戸惑いますよ。どこに視線を向けていいのかわからないし。あらゆるところで人間が生えてくるし、いろんなところで血や臓物を噴出させてちぎれていくんだから。でもそういったスプラッタ描写も何気なくすーっと流れていくから、別にグロテスクだったりするわけじゃないんだよね。自然の摂理みたいな感じだから。しばらく観ているとようやく物語らしきものが掴めてくるんだけど、それも別にどうでもいいっていうか。理解するとかそういう次元じゃないんですよね。ただ緩んだ脳と目でぼけーっと眺めているだけで充分にたのしいんだから。人間ニョキニョキー!って。顔ブワーッ!って。これってもう上手い下手とかそういうものじゃないんだよね。こういう世界なんだ。巨人の国に特攻する主人公があまりに多勢の巨人軍(巨人軍ってそういうもんだよね)を相手にするときも、なんだかわからないけど、攻撃の手をすいすい交わしていっちゃう。これもしリアルに上手く解剖学的に物理的に正しく描写していったら、ご都合主義もいい加減にしろ、ってなるね。でも、ビックフォードはこれでいいんだ。こういう世界を作り出しているんだから。そういうもんなんだよ。一応社会諷刺というか、人間の愚かさというか、そういうものもラストに入れていて。きれいで合理的にそういう説教をしてくるような作品よりもよっぽど説得力があるんだから困ったものだ。この人の作品、ドローイングでもそうなんだけど、画面の隅々まで注意が行き届いているというか、むしろ、どこか特定の場所に集中するってことができないみたいで、だから画面全体が動いていて気持ち悪い。でもそれってもしかして、生きとし生けるものすべてを愛しているがゆえのことかもしれないよね。なんだか本気って感じがする。だから説得力あるのかな。そういえば、人間が泥から作られたって言う人もいるよね。メイキング観てたら、そう思えてきた。だってすごいたくさん人の部品を作ってるんだ。ビックフォードが。もしかしたら、全世界の人口カヴァーできちゃうんじゃないの?ってくらいに。創造主=ビクフォード。結構いいよね。まあいいや、そんなことどうでもいいや。とにかく楽しいから君もみてごらんよ。メイキングのはじめに嬉しそうな顔で木に登っている(目的は全然わからない)ビックフォードの姿をみるだけでも、途中でおもむろに火のついたモーニングスターを振り回すビックフォードの姿をみるだけでも、なんだか救われたような気がしてしまうよ。少なくとも俺はそうだったよ。落ち込んでばっかりの最近だったけど、明日もまた生きていこうかな、って気になったよ。

予告編観れば魅力はすぐにわかるよ。DVDも買えるよ。
http://www.brettingram.org/film/PGVids.php
ビックフォードのサイト
http://www.brucebickford.com/

フランク・ザッパのDVDでもビックフォードのクレイアニメーションは観れるよ。
フランク・ザッパ『ダブ・ルーム・スペシャル』[Amazon]
フランク・ザッパ『ベイビー・スネイクス』[Amazon]
土居

        2008-04-10        上映情報

4月に開催される上映の情報をお伝えしておきます。

○4/10~8/31
ディズニーフィルムセレクション@シネマイクスピアリ
ディズニーの長短篇が35mmフィルムで上映されます。
ミッキーマウス短篇作品集、シリー・シンフォニー・シリーズ作品集、ドナルド・ダック作品集は観る価値アリです。
Walt Disney TreasuresのDVDシリーズでも観れますが、日本盤はほとんど廃盤でプレミアついてますし。
(海外のamazonでは買えますよ。リージョンコードの壁がありますが。)

○4/26~5/16
ソビエトアニメ劇場@吉祥寺バウスシアター
旧ソ連圏のアニメーション・スタジオで制作された作品の特集です。
次回アップ予定の座談会のテーマであるプリート・パルン(ピャルン)の作品もいくつか。
(座談会はすでに収録済です。編集作業が終わるまでいましばらくお待ちください。)
今回の広島の国際選考委員であるラオ・ハイドメッツ(ヘイドメッツ)の作品も。

○4/24(19:00-)、5/11(13:00-)
発掘されたアニメーション映画@東京国立近代美術館フィルムセンター
発見のニュースの記憶も新しい、現存する日本最古のアニメーションが観れます。
初期アニメーションには、歴史的資料価値に留まらない、アニメーションにとってのプリミティブな力が常に宿っています。必見です。
(フィルムセンターでは来年一月に「カナダアニメーション映画名作選(仮称)」というのが開催されるようですね。こちらも楽しみ。)

上映会ではないですが……
○5/14、5/15
「フロンティアシリーズ 世界の人形アニメーション」@BS-hi
5/14 20:00-21:15 ピーターと狼 ~2008年アカデミー賞から~
人形アニメーションについての座談会でもとりあげた、"Madame Tutli- Putli"と"Peter and the Wolf"がメイキング付きで放送されます。

5/15 20:00-21:20
人形に命を与えた男 ~実写アニメの原点 知られざる作品と人生~
これは詳細不明です。

5/15 23:40-25:10
川本喜八郎監督作品『死者の書』が放送されます。

僕はハイビジョン観れません。残念です。


3月の日仏学院でのイベントについて、二日目の記録をアップしました。
質疑応答まで含めて、非常に濃い内容になっています。
対談「オリヴィア・モーレイ=バリッソン&山村浩二」

土居

        2008-04-01        『魔法にかけられて』(ケヴィン・リマ)と『ミスター・ロンリー』(ハーモニー・コリン)

『白雪姫』『シンデレラ』『眠れる森の美女』『リトル・マーメイド』『美女と野獣』の5本のプリンセス・ストーリーのパロディでありオマージュである『魔法にかけられて』(2007)は、おとぎ話アニメーションの世界から魔女によって現実のニューヨークへと追放されてしまったジゼルという名のお姫様の話。

ジゼルを演じる主演のエイミー・アダムスがかなりすごいです。怪演と言ってしまっていいくらいのディズニー・アニメーション的演技。驚異的なことに、嫌みにならなずにきっちり朗らかに演じきっています。朝のお掃除やセントラル・パークのシーンは本当に感動的です。30歳超えてるのにこれができるって逆にやばい感じもしますが。

彼女はストーリーが進むにつれて、だんだんと浮世離れしなくなり、現実のニューヨークに馴染んでいくのですが、それに従ってだんだんと魅力的でなくなっていく(おそらくアメリカ人にとっては魅力的なんでしょうが)のが泣けます。

ジゼルは、魔女の言葉によれば「永遠の幸せなどありえない国」であるところのニューヨーク(現世)に送られ、実際、永遠の幸せなどありえない現実の姿を見せつけられ、その現実に次第に順応していくわけですが、ラストシーンというか後日談にて彼女はまたディズニー・アニメーション的天真爛漫さを取り戻したような演技に戻っています。

すべてがハッピーエンドに向けて収束していくおとぎ話は、その世界のなかだけを探求させる場合、面白くないものです。でも、もしそれが現実の世界で起こったとして、すべてが幸せに向かっていくその世界をちょっと離れたところから眺めると、その幸せそうな様子に少し寂しい気持ちにさせられます。この現実において、永遠に幸せであることがありえるのかもしれない、という可能性をみせつけられたような気がしてしまうので。

夢見ることができる頃であれば、この映画の世界に没入することができるでしょう。でも、そうでない人たちにとってみれば、ハッピーエンドを迎える彼らはどうしたってスクリーンを隔てた世界にしか思えず、でもまったく関係ないものだとも思えない。この映画が涙を流させるとすれば、その涙には二種類あるでしょう。ハッピーエンドゆえに流す涙と、ハッピーエンドを目撃してしまったがゆえに、そこに自分がいないがゆえに流す涙。

ハーモニー・コリン『ミスター・ロンリー』(2007)とあわせて観てほしい映画です。
マイケル・ジャクソンとマリリン・モンローのモノマネ芸人の恋物語です。

キャラクターは死なず、永遠に幸せに暮らすことができます。
ディズニー映画のプリンセスは、さまざまな作品においていつでも戻ってきます。不死なので。そして設定がすこしずつ異なる同じ物語を生きます。

『ミスター・ロンリー』についていえば、マイケル・ジャクソンやマリリン・モンローは死にません。憧れ、真似しようとする人たちに取り憑いて戻ってきます。
マイケルは老人ホームに慰問にいき、滑稽なパフォーマンスとともに「若くいれば、そう信じれば死なない!」と踊りながら叫びつづけます。老人たちも嬉しそうに、マイケルとともにできるかぎりに身体を動かします。涙が出てくるシーンです。

キャラクターという実体のないなにかは決して死ぬことがなく、そのキャラクターになれると信じることのできる人もまた、自分たちは死なないと信じることができます。

『ミスター・ロンリー』にはサイド・ストーリーがあって、ヘリコプターから落ちても死ななかったパナマの尼僧たちの物語です。キリストという奇跡を信じることができた人たちの物語です。彼女たちは、奇跡を証明したことを報告するためにバチカンへと向かい、そのヘリコプターが墜落して死にます。この映画において、パナマとはおとぎ話の国だったわけです。その外では、死が待っています。

本当のところ、キャラクターを自分に取り憑かせたりしたとしても、人間は最終的に死にます。永遠に幸せに暮らすことはできません。

『ミスター・ロンリー』では、「人は変われると思う?」という問いを発したあと、マリリンは自殺します。キャラクターは死にませんが、人は死にます。変わります。
その事件のあと、マイケルはマイケルであることをやめ、匿名の人物へと戻っていきます。死すべき人間へと。(主人公の彼の役名はマイケル・ジャクソンであり、本当の名前を与えられていません。)パリの街中で、サッカーの試合で熱狂する人々のあいだをふらふらと歩く彼の姿を映して、映画は終わります。(ラストシーンではなかったかもしれませんが。)

『魔法にかけられて』は、そのときの彼の気持ちを味わうことのできる貴重な映画です。

キャラクターとは、実体をもたない幽霊なのではないでしょうか。
いつしかやってきて、取り憑いてきます。
取り憑かれているあいだは、死のことなど忘れてしまえるのでしょう。
プリンセスであること、モノマネをすること、スポーツに熱狂すること、神さまを信じること、永遠に幸せであると信じること……
それらはすべて実体のないなにかに取り憑かれることなのではないでしょうか。
それを完全に信じることができれば幸せになれるのでしょうが、
なかなか難しい。

『魔法にかけられて』公式サイト
『ミスター・ロンリー』公式サイト

土居

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