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        2007-12-31        海外サイトでアニメーションのソフトを買ってみよう(2)--toodra編


今年ももう最後の日になってしまいました。5月にAnimationsのホームページを開設して半年以上が経ったわけです。レビュー3本、インタビュー(座談会含)9本、批評6本という数が果たして多いのか少ないのかはわかりませんが、これまでその作品について言葉が費やされることのなかった人たちについて、まとまった分量の記事を提供することができたのは、意味のないことではなかったのではないかと思います。
ホームページもブログも、こまめにチェックしていただいた方が多いようで感謝しています。少しでもなにかの刺激になったのであれば幸いです。

今年は『カフカ 田舎医者』の公開がありました。
お客さんの入りもかなり順調で、東京での上映は来年にまで食い込んでいます。
その来年には、広島アニメーション・フェスティバルがあります。(8/7~8/11)
もちろん、総力を挙げて特集する予定です。
東京芸大大学院のアニメーション専攻も開設されます。
情報を信じるならば、ノルシュテインの『外套』の第一部が完成するはずです。
Animationsメンバーの新作も完成することでしょう。
cjaxもさらなる展開があります。
楽しみな年です。

さて、今年最後の更新ですが、僕もつい最近知った素晴らしいサイトをご紹介します。
ここです!http://www.toondra.com/
若手の短篇アニメーション作品が安く買えます。(1.5ユーロ前後)
ダウンロードもDVDに焼くのも自由です。
なんて素晴らしいんでしょう。
レビューで紹介した"Marottes"があります。
ザクセン州の上映で絶賛した"Flatlife"があります。
(DVDが国内で出ているのであまり大きな声ではいえませんが、フランスのFolimage作品もたくさんあります。)
すべての作品の一部視聴が可能です。
売上の一部はちゃんと作家さんに入ります。
クレジット払いもpaypal払いもできます。
とりあえずチェックだけでもしてみてください。
なにか面白そうなのがあったら教えてください。

月並みな台詞ですが、お年玉でどうぞ!

土居
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        2007-12-27        ファンタスティック!チェコアニメ映画祭2007(4)

(3)の続きです。

4、イジー・シャラモウンが美術を担当した作品について
今回の上映で一番嬉しかったのは、イジー・シャラモウンという人を知れたことかもしれません。今回観られる4作品はそれぞれ監督が違うのですが、みな同じ色に染まっています。まるでグラフィックの力が演出を呑み込んでしまったかのようです。シャラモウンが関わっている作品は、冒頭のクレジットの文字がすごく汚いのですぐにわかります。『魔女のバイオリン』(1988、Dプログラム)は衝撃的な作品です。遠近法をハナから無視した画面構成と、ドラマツルギー無視の展開。この人の絵だからこそ可能になるのではないかと思われるフリーダムな感じ。筋については説明しても仕方ないので、実際に観てみてください。『グレイキャットの物語』(1977年、Bプログラム)はアル中の幻覚の白いネズミを退治するネコのお話。『ラブラブラブ?』(1978年、Bプログラム)は、クモとモテない男の儚い友情物語。共に少しだけ無理矢理な展開なのだけれども、シャラモウンの絵によって突き抜けてしまっています。

5、ポシュが美術を担当した作品について
『カンティレーナ』(1991、Cプログラム)は、鳥と人間の恐ろしい戦いを描く作品ですが、質感の表現がとてつもないです。セル・アニメーションなのに……ぶるぶると震える鳥たちの動きにぜひ注目してください。グラフィックが、破綻した展開を無理矢理に継ぎ合わせる力を持っています。『かしこいウサギの話』(1980、Bプログラム)は、他人の言うことを素直に受けいれ、すすめられた行為を愚鈍に繰り返すことで、人間以上に歴史について詳しくなってしまうウサギの話。なんだか真実をうまく突いているような気がしてしまう、よくできた作品です。


東京で上映が終わってからこのようなものを書き連ねてしまいごめんなさい。横浜ではまだ観れますので、少しでも興味が出たら是非行ってみてください。関東圏以外の方々は、これから巡回上映がありますので、是非すべてのプログラムを制覇してみてください。

公式サイト

○ポヤル作品はどれもおすすめです。
「チェコアニメ傑作選I」[Amazon](『飲み過ぎた一杯』収録)
「ぼくらと遊ぼう!DVD-BOX」[Amazon]
などなど、DVDもたくさん出ています。

土居

        2007-12-26        ファンタスティック!チェコアニメ映画祭2007(3)

(2)の続きです。

3、マツォワレ&ドウブラヴァ監督+ボルン美術担当作品について
とても良い味を出していたのが、H・マツォワレ&H・ドウブラヴァ監督+アドルフ・ボルン美術の三作品です。なかでも最高なのが『ナンセンス』(1974、Cプログラム)。ボルンの描画スタイルは、微妙に震える線を内在させた、不定形のようで定型の造形をしていて、プリート・パルンの初期作品を思い出させもします。その不安定さが、この作品ではうまく利用されています。『ナンセンス』は、空想癖のある少年をめぐる物語なのですが、そんな彼の空想は、不定形をした極彩色の、なんとも実体を捉えがたい変容する模様が口や鼻や耳から沸き出してくることで表現されています。両親は、そんなわけのわからないモヤモヤ模様はけしからんと、空想の出口に詰め物をして禁止するのですが、そういった空想が高い値段で売れるとわかると一転して、子どもに空想を強要させます。はじめのうちは不定形の空想を自由に楽しく次々と生み出していった少年ですが、両親たちに強制されていくにつれ、その形は次第に幾何学的なものとなり、色もくすんでいきます。物語の図式自体はありふれたものですが、空想のかたちを不定形で変容するグラフィックとして表現したところに、アニメーションでしか可能でないこの作品の素晴らしさがあります。
『妄想癖』(1984、Dプログラム)や『鳥になった生活』(1973、Bプログラム)も、多少図式的すぎるところもありますが、よくできた作品です。『劣等感』(1981、Bプログラム)は、これ以外の三作品に共通していた「空想と現実」の対立図式を立てずとも、このコンビは安定して面白い作品をつくることができるということを証明してくれる良作です。

(4)に続きます。

公式サイト

土居

        2007-12-25        ファンタスティック!チェコアニメ映画祭2007(2)

(1)の続きです。

2、ベドジフ監督・イラーネク監督作品について
ポヤル監督作品の「玉突き」ロジックの確かさに比べると少し落ちるのが、ヴァーツラフ・ベドジフ監督作品です。ポヤル作品にも確かに物語レベルでの玉突き(つまり出来事の間の因果関係)に破綻はあるのですが、それはグラフィック側のロジック展開のスピード感によって補われます。肉体的にマッチョに乗り越えられていくわけです。ベドジフ監督は、その体力に少し欠けていて、「なんとなく」でつくっている部分がどうしても気になってしまいます。『オートマティック』(1973、Dプログラム)や『イラーネク超短編集』(1975、Bプログラム)は、それゆえにあまり笑えません。「なんとなく」笑えますが。今回のベドジフ作品の多くで美術を担当しているウラジミール・イラーネクの監督作品もまた、『ビールが飲みたい』(1974、Dプログラム)や『アイスホッケー』(1978)、『聖火ランナー』(1983、共にCプログラム)と、無理矢理のオチや物語レベルでの「玉突き」の弱さが気になってしまいました。
ですが、そういったアニメーション的体力が少々足りないように思えるベドジフ作品のなかでも、『ブラックアンドホワイト』(1983、Bプログラム)は大傑作です。主人公の白い羊は、規則正しく踊る黒い羊たちの群れに入れてもらおうとしますが、入れてもらえません。しかし、白い羊が黒い羊たちのステップを覚えてしまうと、たちまち白い毛は黒くなり、黒い羊たちに受け入れられていきます。白い羊の群れと黒い羊の群れはお互いに違ったステップで踊っていて、反目しあいます。そこに雨が降ります。すると、黒い羊たちの何匹かの色が落ちて白い羊になり、逆に白い羊たちの何匹かは黒い羊になります。その本来の色によって、羊たちは再び二つの群れに分かれます。ところで主人公の羊はといえば、黒い色は半分だけ落ち、白と黒の両方を併せもった羊となってしまいます。人々の違いは生まれながらのものなのか、それとも育った環境によるのか。結局のところこの問いに答えを出すことなどできないのですが、その宙吊り状態が、二色の毛を持つ主人公としてきちんとグラフィック化されています。この作品は、今ここで説明してきたような物語のロジックの淀みなさだけでなく、映像のリズムも最高に良く、唸らされます。是非とも観てほしい作品の一つです。

(3)に続きます。

公式サイト

土居

        2007-12-24        ファンタスティック!チェコアニメ映画祭2007(1)

「ファンタスティック!チェコアニメ映画祭2007」の東京上映が終了しました。
ぎりぎりになってようやくすべてのプログラムを観ることができたので、少し感想を記しておきます。

1、ポヤル監督作品について
ブジェチスラフ・ポヤル監督作品は、「ぼくらと遊ぼう!」シリーズでお馴染みですね。半立体の作風は、今年か昨年くらいに日本でつくられた某立体作品で縮小再生産的に酷く繰り返されていて腹立たしかったですが、今回の上映でポヤル作品を新たに観て、その魅力は手法などの見た目部分に必ずしもあるのではないということを認識しました。
象徴的なのは『ビリヤード』(1961、Dプログラム)。この作品自体はそこまで面白いものだとは思えませんが、ポヤルの監督術とでもいえるようなものが顕在化しています。社長の不機嫌と八つ当たりが社員に、その社員の八つ当たりが部下に……といったようにどんどんと連鎖反応を起こしていく、という内容なのですが、まさにこの「玉突き」を起こしていくことが、ポヤルの得意なやり方であるように思われるのです。
『理想』(1963、Cプログラム)では、「車を買う」という理想の実現のために、節約と浪費、理想の実現とそれを阻む現実が玉突きを起こしていきます。数々の現実の邪魔を乗り越えてようやく理想が現実となり、幻滅してしまうと、今度は「家が欲しい」と理想が玉突き状に生まれてしまう。理想と現実は、いつまでも終わることなく玉突きを起こしていくわけです。『名声』(1959、Dプログラム)では、新しいアートがさらに新しいアートの登場によって飽きられ、でもそのアートもさらに新しいアートの登場で飽きられ……と玉突きを起こしていきます。(その最新のアートが、煙突の出す煙だったり犬の小便だったりして笑わせてくれます。)
「玉突き」は物語レベルだけで起こるわけでもありません。「ネコシリーズ」(Aプログラムの「ネコのお絵描き」やBプログラムの「ネコの学校」)に顕著なように、グラフィック的な展開によっても玉突きは起こっていきます。「ぼくらと遊ぼう!」シリーズで過激に展開するメタモルフォーゼに「玉突き」という形容をすれば、納得してくれる方も多いのではないでしょうか。『小さな道化師ファンファロン』(1968、Cプログラム)では、道化師のファンファロンが次々と繰り出すアクロバットは、外からの要求(というか無理矢理投げ入れられるジャグリングのグッズ)に応えて、どんどんとエスカレートしていきます。ファンファロンが無理難題をなんとかこなしてしまうその運動感の気持ちよさ、ポヤル作品の醍醐味は、そういったグラフィック的な「玉突き」をこなしていくそのスピード感にあるともいえます。まあ、『爆弾マニア』(1959、Cプログラム)で、はじめは子どものいたずらレベルだった爆破趣味が最終的には地球を吹っ飛ばしてしまうほどの国家レベルでの爆弾開発にまでつながってしまうように、あまりにエスカレートしすぎると破滅しか待っていないのですが。(スピード競争が主人公が悲惨な末路へと導く、ポヤルの代表作『飲み過ぎた一杯』を思い出してもらってもいいかもしれません。)
つまりポヤル作品の魅力は、物語のレベルとグラフィックのレベルの両方で起こる玉突きのスピード感と力強さにあると思われるわけですが、その理想的な融合となっているのが、『快適な住まいとは?』(1959、Dプログラム)です。新婚夫婦の住まいのインテリアに、博士がアドバイスをしていくというだけの内容なのですけども……ドアの開くところにタンスを置くとつっかえる、窓の開くところに花瓶を置くと割れてしまう……といったロジックのミスが、博士に手によってどんどんと改善されていき、誰も不便を感じることもない、完璧な配置になっていきます。最後には、今となっては家庭生活の唯一の邪魔者である部外者の博士も姿を消し、パーフェクトな「快適な住まい」ができあがります。あまりに完璧な「玉突き」とあまりに隙のない着地に、思わず拍手してしまいそうになりました。

(2)に続きます。

公式サイト

土居

        2007-12-18        アニメーションノート

本日発売の雑誌「アニメーションノートNo08」に荒井知恵、中田彩郁のインタビューが掲載されています。

インタビュー記事が掲載されているのは「女子アニメーションの世界」と題された女性アニメーション作家の特集内。中田は「作家性」について思い悩んでいたときにその呪縛をといた山村浩二の言葉について、荒井はアニメーションに興味を持った時に訪れた古川タクさんとの出会いについて語っています。他に紹介されている作家は富永まいさん、近藤聡乃さん、Amicaさん、一瀬皓コさん。

皆さんそれぞれアニメーションに対する関わり方、考え方が違っていて面白かったです。
それにしてもアニメーション作家っていうのはみんな個性的だなあ・・・。
是非ご覧下さい。

「アニメーションノート no.8」[Amazon]

大山

        2007-12-10        「世界映画人会議II 世界の若手アニメーターの現状」(2)& チェコとハンガリー

「世界の若手アニメーターの現状」レポート、続編です。

NFBのマイケル・フクシマさんに続いては、フランスの民間スタジオ、フォリマージュからパスカル・ルノートルさんです。フォリマージュは、こども向けの商業的な作品を制作しながら、一方で作家性の強い短篇アニメーション作品も多く生み出してきました。最近では長編制作も行っており、興行的な成功も収めています。(現在、長編企画の一本として、去年の広島でも上映された『廊下』の監督ジャン=ルプ・フェリシオリとアラン・ガニョルがほぼ2人だけで制作しているものもあるそうです。)
フォリマージュ自体、ルノートルさんらが学生時代に「若手が芸術性のあるアニメーションをつくるため」に設立したものであるわけですが、現在もその方針は貫かれ、なかでもアーティスト・イン・レジデンス・プログラムは、大きな成果を挙げています。ざっと名前を出してみても、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の『お坊さんとさかな』、ユーリ・ツェレンコフ監督の『渡り鳥の珍道中』、コンスタンティン・ブロンジット監督の『世界の果てで』、レジーナ・ペソア監督の『ハッピーエンドの不幸なお話』など、「ああ、あれね」と印象に残る良質な作品が並びます。このプログラムは、フランスの有料テレビ局Canal +と仏独共同の教育テレビ局Arteからの支援も受けており、これらの局で放映もされるそうです。
「ハッピーエンドの不幸なお話」[Amazon](『お坊さんと魚』『渡り鳥の珍道中』『ハッピーエンドの不幸なお話』収録)
「国際アートアニメーションインデックスVol.3」[Amazon](『世界の果てにて』収録)

三人目のプレゼンテーションは、ドイツのスタジオ・ゾイからザシュカ・ウンセルドさん。彼は、ドイツに三校だけあるアニメーション・コースのうちの一つ、バーデン・ヴュルテンベルク州立フィルムアカデミーで教鞭をとってもいます。フィルムアカデミーはとても「実践的」な学校で、実務経験があり、英語を話せる人を対象にして学生を募っているそうです。その対象はドイツ人に限らず、外国人にも門戸は開かれています。一学年は15人程度なのですが、その試験がかなりのもので、論文審査を経て30人に絞られると、彼らは三日間の制作試験を受けなければなりません。アカデミー出身者の作品として紹介されるものをみると、実務経験者なだけあり、クオリティーは相当高いです。しかし、僕個人の意見を言うと、商品としてしか流通しない「悪しきヨーロッパ作品」のような印象を受けてしまいます。そういうものの方が需要があるのでしょうから仕方ないですが。

最後のプレゼンテーションは、古川タクさん。ICAFは日本唯一の学生アニメーション映画祭で、今年ですでに5回目を数えるわけですが、そこで光る人たちが、卒業するとみないなくなってしまう。これから初めて「作品」と呼べるようなものをつくれそうな人たちなのに……という悲しい現状があるわけです。アニメーション科に入ってくる人たちのほとんどは、入学時は「アニメ」がやりたくて入ってくるわけですが(仕方のないことです)、4年間の教育でその世界を次第に広げていきます。そうして、立派な卒業制作作品をつくるわけですが、その後の進路が問題です。ラッキーならばフリーランスでなんとかやっていけるものの、自分の企画で作品をつくることができない。そうするための道がないわけです。会社に就職してしまえば、忙しくて自主制作ができない。そんなふうにして、「作家」としての若手は消えていってしまいます。その後のディスカッションでは、日本国内はコンペは充実しているものの、アート的なものに理解があるプロデューサー的な人材が不足しているということも問題点として挙げておられました。

会場からの質疑応答で印象深かったものを二つほど。
1、作家主義的な作品を制作することと、ビジネス的な側面はどのように折り合いがつけられているのか。
ウンセルド:自分が所属するスタジオ・ソイは、受注した作品を制作しているものの、予算はやりたいことをやるためには常に足りない。面白さを追求することと収支のバランスをとるのはいつも難しい。
フクシマ:NFBにおいては二つの考え方がある。まず第一に、アメリカ的に、非常に商業的なアプローチを取るやり方。市場原理に基づいて、作品を流通させる。もう一つのやり方は、文化的価値という側面を重視し、制作費のもとを取ろうと考えないもの。制作されたもののわずか20%しかテレビで放映されないというように、短篇アニメーションだけで黒字の経営をするのを無理。「短篇をつくるんだ!」というアイデンティティーの維持のために、国が予算を出してくれることに頼るしかない。

2、どの作家と組む、どの作品を支援する、というのを決めるための評価はいかにして行うのか。
フクシマ:まったくフェアでなく、民主的でもないが、自分の関心を惹くもの。ただし、NFBがこれまで制作してきた作品から、歴史的な傾向というのも見えてくる。それも考慮する。
ウンセルド:フィルムアカデミーの入学基準も、結局のところ学生を評価する人たちの見識にかかっている。
ルノートル:アーティスト・イン・レジデンスも、選ぶ人の意見が占める比重がとても大きい。あえて基準をいえば、良いストーリーがあること、時代性、グラフィックの質。
古川:直感。
(面白いことに、同じような答えが並びました。)

このシンポジウムは、「なぜ日本の若手作品はアカデミー賞にノミネートされないのか」という裏テーマが設定されていたのですが、以上の内容をみていただければ、その理由は自然とわかってくるというものです。

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お知らせがとても遅くなってしまいましたが、「ファンタスティック!チェコアニメ映画祭」が現在開催中です。試写で一部をみせてもらいましたが、ポヤル監督作品がやはりずば抜けた見所です。ベドジフ作品も良いです。
「ファンタスティック!チェコアニメ映画祭」公式ホームページ
ユーロスペースでは同時開催で、ハンガリアン・フォークテイルズがレイトショー上映されています。お知らせが遅れてしまったがゆえに、Aプログラムはすでに終了してしまいました。すいません。Bプログラムも14日までです。お見逃しなきよう。
「ハンガリアン・フォークテイルズ」

土居

        2007-12-07        「世界映画人会議II 世界の若手アニメーターの現状~カナダ、ドイツ、フランス、そして日本~」(1)NFB

このイベント、10/25に開催されたので、かなり遅いレポートです。
しかし、特に作家のみなさんにとってかなり有益な情報が聞けたと思われるので、簡単にシンポジウムの内容をまとめておきます。

このシンポジウムが対象とするのは、世界の独立系のアニメーション作家たちが今、どのような状況下で制作を行っているのかということです。
言わずと知れたカナダのNFBのプロデューサー、マイケル・フクシマさん。
フランスのフォリマージュからスタジオ設立者の一人のパスカル・ルノートルさん。
ドイツのスタジオ・ゾイの設立者でありフィルムアカデミーのアニメーション・インスティテュートで教鞭をとってもいるザシュカ・ウンセルドさん。
そして日本を代表する作家の一人であり、日本工芸大学の教授としてICAFの実行委員長を務める古川タクさん。
若手作家たちの活動と関わりの深いこれらのパネリストたちが、それぞれの国の現状を報告してくれました。

最初の報告はNFBのマイケル・フクシマさん。
まずはNFBがどういう組織であるかという簡単な説明から。
NFBはカナダ連邦政府が1939年に設立、アニメーション部門はノーマン・マクラレンの招聘に伴い1941年から。それ以来、短篇アニメーションを語る上で最重要とも言っていい位置を常に占めつづけています。設立の目的は作家主義的なアニメーション作品の制作支援であり、営利目的ではない文化事業として考えられてきています。

フクシマさんが何度も強調するのは、NFBは単なる資金提供者ではなく、あくまでプロデュースをする役割を担っているということ。学校ではなく、制作スタジオであるということ。

そして、国営の組織であるので、第一の目的はカナダの作家の支援であるということ。
その次に、アニメーションの国際的コミュニティの育成があるということ。
ここらへんの優先順位は、実際のNFBの方向性にも反映されています。
NFBといえば、カナダに限らない様々な国の作家とのコラボレーションでも知られていますが、その相手として選ばれるのは、成功の可能性の高いベテラン作家に限られているとのこと。
それに対し、国内の作家相手では、ベテラン作家はもちろんのこと、経験の劣る若手作家たちとも積極的にコラボレートし、作家の育成も行っています。
その一貫として特徴的なプログラムが、「Hothouse」とよばれるものです。
日本語に訳せば「温室」です。まさに若い作家をぬくぬくと育てるためのプログラム。
2001年以来行われているHothouseは、国内の若手から参加希望者を募り、そのうちの6人を選んでモントリオールへ呼び寄せます。
そして、12週間という限定された期間のうちに、ストーリーボード制作から上映までのプロセスを一挙に体験させます。
作品の尺は30秒から90秒。かなり短いです。
経験の少ない若手がいきなり長いものを作ると失敗しがちであるということをふまえて考えられているとのこと。
ただし、このプログラムは、失敗が許されています。いろいろなプロセスを体験させ、失敗させることを目的としていると言ってもいいのかもしれない。あくまで将来のためのプロジェクトなのです。
いままでのところ、参加者の65%が、再びNFBと組めるような作家となっているという、大変に成功率の高いプログラムとなってます。

若手支援ということでいえば、例えばグリーンピースやUNESCOなどの短い映像広告を若手に任せるということも頻繁に行われています。まずは短いものから、というポリシーが貫徹されているわけです。

また、民間財団との共同制作も最近は進んでいます。例えば、今回の東京国際映画祭で併映されたcjaxですが、カナダ側の作品はBravo! Factという民間財団(国内最大)とNFBとが共同制作したものから選ばれています。
カナダでは、芸術振興協議会という公的な資金援助を行う団体もあれば、民間財団もいくつかあります。また、民間のスタジオでも、優秀なスタッフに自主制作を行わせるところもあり、かなり恵まれた環境にあるといえるでしょう。

NFBの話に戻ります。
個人作家にとって、大変な作業の一つが、完成した作品の配給です。
NFBは、国際的な配給ネットワークを持っています。家庭用・施設用のDVD、テレビやネット上での配信、そして映画祭。配給のあらゆる可能性を駆使します。なかでも、短篇にとって大事なのは映画祭です。NFBは、世界各地の映画祭をランク付けし、効率的なエントリーを行ってくれます。(Aランクの映画祭が200~300、Bランクの映画祭が400-500くらいあるそうです。)いまや、作家個人ではとても対応しきれないほどの映画祭があるわけですが、NFBは戦略を立てながら、そういった作業をすべて引き受けてくれるわけです。
もう一つ特筆すべきは、35mmフィルムで作るということ。短篇アニメーションにとっても、アカデミー賞は重要な宣伝場所です。そこにエントリーされるためには、35mmで制作されないといけない。フィルムにするにはたいへんなお金がかかりますが、その問題も、NFBと組むことによって解決されるわけです。

……とまあ、日本の現状を目の当たりにしている人たちにとっては、カナダというのは夢の国なのだろうかとも思ってしまうような内容が紹介されたわけです。

長くなりそうなので、今日はここらへんでやめときます。
次回はフランスのフォリマージュ、特にアーティスト・イン・レジデンスについての話が中心となります。

土居

        2007-12-01        展覧会のおしらせ

遅い告知ですが、本日12月1日から12日まで神戸のCAP HOUSEというところでグループ展「絵本、自由に踊れ」が開催されます。絵本をテーマに12人の作家が建物のさまざまなスペースを使い、いろんなアプローチのしかたで出品しています。

普段から絵本の制作に携わっている人もいれば、絵画、陶芸、茶などの多ジャンルから参加している人もいて、その中にアニメーションの僕も寄せてもらいました。会期中作品「そういう眼鏡」をずっと流しています。さらに今回用に粘土や布などを使って「そういう眼鏡」に関した立体物や半立体物も作りました。まぁ作ったものはだいたい羊です。

CAP HOUSEは建物自体がいい意味で古めかしく、とても魅力的な場所で、しかも来月からは改修工事が始まって新しくなるそうなので、それも含めて是非今回足を運んでいただけたらと思います。

http://www.cap-kobe.com/house/index.htm

和田

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